3.2001年4月19日
「入れよ」
「お邪魔します」
翼に促され、柾輝はお決まりの挨拶を口にした。
もっとも、翼の両親は仕事で家を空けているためそれに対する返答はないのだが。
二人の手には通学用鞄にスポーツバッグ、そして大きな紙袋が1つずつ。
中学の頃に比べ少しは身長が伸びたとはいえ、まだまだ小柄な翼は持ちにくそうに、
同様に中学の頃からさらに身長が伸びた柾輝は軽々とそれらを運ぶ。
そのまま階段を上った先の翼の部屋まで辿り付くと、ドサリと音を立てて荷物が床に置かれた。
「はー疲れた〜」
ようやく荷物から開放され、翼はゆったりとしたソファに身を投げ出した。
重さでジンジンしていた掌もだんだんと解れていくのが分かる。
「お疲れさん。何か飲む?」
「冷蔵庫に何か入ってたはずだから適当に持ってきて」
「分かった」
たまに泊まりにくる事もあるため、柾輝にとって翼の家はまさに勝手知ったる他人の家。
翼の代わりに飲み物を取ってくるくらい造作のない事だ。
友人とはいえ客にそんな事させれないと、いつもは翼が行くのだが、何しろ今日は疲れている。
それも、部活の練習云々なんかとは比べ物にならないほどの疲れだ。
今日くらい甘えても罰はないだろう。
はぁ、と一つため息を吐くと、疲れの原因とも言える紙袋をチラリと見た。
上から綺麗にラッピングされた箱が少し飛び出している。
「誕生日ってこんなに疲れるものだっけ・・・」
誰に言うでもなくポツリと呟くと、体を起こし、紙袋を引き寄せる。
中にはスポーツタオルにアクセサリー、手作りお菓子や時計、中には可愛いぬいぐるみまで入っている。
翼が物色していると、飲み物を持った柾輝が戻ってきた。
テーブルの上に持ってきた缶を置く。
軽くお礼を言い、近くに置かれたポカリに手を伸ばした。
「今年は凄かったな。今までで最高じゃねぇ?」
「笑い事じゃないよ。大体、机の上に放置するくらいなら名前くらい書いとけって話だよ」
柾輝が面白そうにクックッと喉を鳴らすのと対照的に、翼は本日何度目かのため息を吐きだした。
中学の頃から凄かった翼の人気は高校生になっても健在している。
そのため、誕生日なんかのイベントはいつもプレゼントを渡したいという女子が多い。
それを翼は、気持ちに答えられないのに受け取れない、といつも断っていた。
しかし、今年は一味違っていた。
直接渡したのではつき返されると皆分かっているのだろう。
翼が朝教室に入って目にした物は自分の机の上にでーんと陣取っている紙袋だった。
持ち帰ってくださいと言わんばかりに、プレゼントが詰め込まれ置いてあったのだ。
誰がやったのか聞いてはみたものの、もちろん誰も名乗り出るはずもなく。
また、プレゼントに名前が書いてないか探してもみたが、一つとして書いてある箱は見当たらず。
結局、その紙袋は翼がお持ち帰りする事となった、というわけだ。
もちろん、そんな事をしたのはごく一部の話であって、休み時間や帰り道に何度も呼び止められたのだけれど。
柾輝に手伝ってもらいながら一つ一つ包装を解いていくと、一通の手紙が出てきた。
裏に書かれている名前に見覚えはないが、差出人は一年生の男子らしい。
中には『椎名先輩に憧れてこの高校に入りました』と書かれている。
「憧れて・・・か」
「何が?」
思わず呟いた声に、柾輝が反応する。
「この一年、僕に憧れて入ったんだって」
憧れと言われ、素直に嬉しかったんだろう。
翼の顔が自然と綻ぶ。
良かったな、と柾輝も少し笑ってやると、翼も少し照れくさそうにもう一度笑い、再び手紙に目を落とした。
「そういえばさ、マサキはなんでうちの学校選んだわけ?」
翼が、ふと頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
柾輝が入学して今年で2年目。
今更といえば今更な質問に柾輝は一瞬目を丸くした。
「何だよ、急に」
「んー何となく。お前、違う学校行くと思ってたから何でかなって」
「それを言うなら俺だって、翼は絶対他の所行くと思ってたぜ?」
「僕のは前話しただろ。だから今度はお前の番」
理に適ってる様に見えて実はすごく理不尽なその言い分が何とも翼らしくて、柾輝は小さく笑った。
その様子を怪訝そうに見る翼の視線には気づき、慌てて次の言葉を口にする。
「あー・・・サッカー強いから?」
「何で疑問系なんだよ」
柾輝らしいといえば柾輝らしいその答えに翼は思わず苦笑した。
「てか、サッカー強いっていうなら他にもあったじゃん」
翼がこう言うのはもっともな話だった。
翼と柾輝が通う高校は確かにサッカーが強い。
しかし、強いというのはあくまでもそこそこの実力があるというだけで、もっと強い高校は他にもある。
それでも翼がここを選んだのは、ここが『未完成』だったからだ。
まだまだ強くなれる可能性があるこのサッカー部を、自分が、自分達の手で強くしてみたいと思った。
だからこそこの高校を選んだのだ。
元々それだけの実力があったという事もあり、翼が入った事で確かにこのサッカー部は強くなった。
それでも、まだまだ発展途上である事には変わりない。
つまり、柾輝が入学してきた頃も、特別強かったわけではないのだ。
「う〜ん・・・でも、自分が何したいか考えたら、ここしかなかったんだよな」
少し考えるように間を取ってから、まるで独り言の様に柾輝が呟く。
「したい事?」
翼の声に一つ頷き、続きを話す。
「サッカー好きだから、サッカーで飯食ってけるようになりてぇし、翼のいう世界にも興味ある。
でも何つーか・・・やっぱ俺としては『楽しいサッカー』がしてぇんだよな」
翼が首を動かすだけの相槌を打ち、先を促す。
「んで、俺にとって『楽しい』って何だろうって考えた時、真っ先に浮かんだのが・・・翼だった」
「・・・僕?」
思わぬところで自分の名前を出され、翼が大きな瞳をさらに大きくする。
「上手く説明できねぇけど・・・何ていうか・・・・・・あー、本気で何て言えばいいんだ?」
上手い言葉が見つからないらしく、柾輝は自分の頭をグシャグシャと掻いた。
胸の前で腕を組み、時折単語だけを呟きながら言葉を探す。
本気で悩みこんでしまった柾輝を見て、翼の頬が緩む。
野暮な事が嫌いというクールなこの後輩は、見た目通り考え方も行動も年齢よりずっと大人びている。
中学の頃はよく見せていたあの年相応な一面を見せる事も、高校生になった今ではかなり少ない。
それでも、時たま見せる年相応の顔は、彼の大人びた外見と相反してとても可愛く感じてしまう。
翼はこの瞬間がとても好きだった。
邪魔しないように静かに柾輝の横顔を眺める。
翼は自分の鼓動が少し早まるのを感じた。
しかし、翼自身その理由が何か特定できない。
懐かしいような、それでいて初めて感じるようなそれを持て余していると、急に柾輝がこちらを向いた。
柾輝と視線がぶつかり、翼の心臓が一段と大きく跳ねる。
「何つーか・・・翼とプレーしてる時が一番俺らしいプレーできるんだよな」
照れくさそうに紡がれたその言葉が、すーっと翼の心に溶け込んでいく。
黒川柾輝という人物は、いつも自分の意見を持ち、他人の意見に左右されない人間だった。
周りの人がそれを選ぶのなら自分もそれに合わせる、という事が極端に少ない。
それが例え翼が相手でもそうだった。
そんな彼だからこそ、『友達がいるから』という理由で、
ましてや『翼と離れたくない』などという理由でこの学校を選んだのではない事は容易に理解できる。
柾輝が何故この学校を選んだのか気になったのも、それがあったからこそだ。
その彼が今、自分とサッカーをしたいと言ってくれる事がすごく嬉しくて。
翼は自分の胸がキュウと締め付けられるのを感じた。
「悪ぃ。やっぱ上手く説明できねぇ」
柾輝はそう言って少し困ったように笑ったが、翼がそれを静止する。
一言、「ありがとう」と告げると、柾輝の顔が少し赤らんだ気がした。
心臓がトクントクンと波打つ。
昔、玲に感じていたものと同じで、でも玲に感じていたものとはまた別のこの感情。
あぁ僕は、マサキの事が好きだったんだ──────────。
「まぁ後はサッカー推薦で行けそうな所っつったら限られてくるし・・・」
「──────マサキ」
赤くなった顔を誤魔化すようにあれこれ呟く柾輝を、翼の呼びかけが遮る。
何?と訴えかける視線を、じっと見つめ返す。
「僕、お前の事好きみたい」
翼の突拍子もないセリフに、柾輝がキョトンとする。
しかし、言葉の意味を理解すると同時に、それは笑顔に変わった。
「また何とも急な告白だな」
「お前がアホな事言い出すから言いたくなった」
「俺のせいかよ」
「お前のせいだよ」
言い合いながら、どちらともなく顔を近づける。
そのまま触れるだけのキス。
「返事、まだ聞いてないんだけど」
「言って欲しい?」
「別に聞かなくてもお前の事くらい分かるよ」
「アンタ、やっぱ最高だわ」
「当たり前だろ?」
至近距離で顔を見合わせたまま笑いあう。
「マサキ、好きだよ」
「俺も」
そしてもう一度、唇を合わせた。
玲に失恋したあの日。
もう二度とこんなに人を好きになる事は出来ないと思っていた。
あんなに長い時間かけて培ってきた想いをそう簡単に忘れられるはずがないと。
でも気がつけば僕は、コイツに惹かれていた。
失恋したあの日も。
落ち込んでるのに泣けなかったあの日も。
いつでも僕の傍にいてくれたマサキに。
「お前の事くらい分かる」なんて偉そうな事言ったけど、
本当はマサキの気持ちどころか、自分の気持ちにも気づいていなかった。
でも、それを気づかせてくれたのもマサキだった。
同じ夢を追いかける中で、マサキが僕を必要としてくれて本当に嬉しかった。
マサキがいたから僕はここまでこれたんだ。
ありがとう。
2001年4月19日。
僕がまた恋をした日。
柾輝も翼も、『離れたくない』とかそういう理由で学校決めたりしないと思ったんです。
柾輝が学校に来たのは『翼と一緒にいたくて』じゃなくてあくまでも『自分らしいプレーをしたい』から。
翼は柾輝のそんな所が好きなんだと思う。
・・・自分で書いたくせに自分でも説明しなきゃ分からないって・・・ダメじゃん・・・orz
(2008・5・18)