15歳になった人魚姫は、初めて海の上に行きました。
美しい世界に感動する人魚姫。
中でも一番人魚姫の心を捉えたのは、一人の王子様でした。
2.脱走
「翼!待ちなさい!!」
高級住宅が並ぶ閑静な街並み。
中でもとりわけ大きな邸、いや、館というべきだろうか。
いわゆる母屋にあたるだろう洋風の建物からは、生活感よりも何やら怪しげな雰囲気が伝わってくる。
その横には温室やこれまた洋風の綺麗な物置があり、庭には小型プールまで備わっている。
近所付き合いが少ないためかいろんな噂もあるのだが、とりあえず話を元に戻すとしよう。
とにかく大きなその家から、静かな昼下がりに相応しくない、これまた大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
続いて、バターンという勢いの良い音が鳴り響き、小柄な少年が飛び出してきた。
その奥には、数名の男女が駆けてくるのが見える。
どうやら、翼と称されたこの少年を捕まえようとしているらしい。
しかし、翼は小柄なこともあって、身が軽いうえに足も速い。
追いかけていた人々は、いともあっさりと撒かれてしまった。
◇
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
公園のベンチに腰掛け、ゆっくりと深呼吸をする。
うまく撒けたな・・・と、翼は思った。
しっとり汗をかいた頬に、涼しげな風がそっと通り過ぎる。
平日の、それも真昼間ということもあり、公園内にはほとんど人がいない。
主婦たちが井戸端会議をしている姿もなく、見るとすれば、犬の散歩をしてる人くらいである。
心地よい風に吹かれながらこのまましばらく休んでいたいところだが、そうもいかない。
いつまた見つかるかわからないのだ。
見つかったら最後、またあの研究所に逆戻り。
研究用のネズミ同様、自分もまた研究材料にされるのだと思うと、考えるよりも先に足が動いていた。
とはいえ、翼はこの世に生を授かってからこのかた研究所から出た事がなく、今日が初めての外出。
行く宛など、全くと言っていいほどないのである。
さて、どうしたものか・・・。
しばし立ち止まり、試行錯誤していると、ふとある音が気に止まった。
ポーンポーンというリズムに誘われ、音のする方に足を向ける。
辿り着いた先は、翼のいた場所のすぐ近くにある、公園内の広場だった。
いつもなら子供達の遊び場になっているだろうその広場だが、
今日は本当に人が少ないらしく、子供達の元気な姿はどこにも見当たらない。
代わりに、広場の中心にいる一人の少年が目に入った。
褐色の肌に、白と黒のサッカーボールが妙に映えて見えた。
先程から聞こえる音は、どうやらこの少年がリフティングしている音だったようだ。
研究所育ちとはいえ、翼だってサッカーとはどういうスポーツかは知っている。
むしろ、頭脳明晰な翼の頭には、サッカーのルールから細かい技名まで全ての知識が詰まっている。
しかし、テレビなどを除けば実際に見るのは初めてで、翼の大きな瞳は一瞬で少年に釘付けとなった。
実際は1分も経っていないが、翼には何時間もこうしているように感じだした頃。
不意に、少年がボールを溢した。
コロコロと翼の足もとに転がってきたので、条件反射のようにボールを拾う。
と、同時に、少年が翼の前にやってきた。
151cmの翼より頭一個分高いところを見上げながらボールを手渡す。
「どーも」
落ち着いた感じの低い声に、翼の心臓は跳ね上がる。
今までにないその衝動に混乱していると、遠くからイントネーションの違う男の声が聞こえてきた。
「柾輝ー!フットサルやるでー!」
その声で翼はふと我に返り、再び少年の顔を見る。
少年は遠くに見えるその男に「今行く」と告げ、翼に一礼するとくるりと背を向け走り去った。
ただそれだけの事だが、翼は自分の頬が少し赤らむのを感じた。
初めての感覚に翼は、少年が去った後もしばしその場から動けないでいた。
翼をこんな乙女にする予定はなかったはずなのに・・・orz
いつか書き直すかも・・・。
(2005・6・17)