目が覚めて最初に目に入ったのは、漆黒に浮かぶ、綺麗な満月だった。
終わらない鬼ごっこ
俺は何故こんな所に寝ているんだ・・・?
不思議に思いながら、ゆっくりと体を起こす。
すると、見覚えのある建物が目に留まった。
大きく聳え立つ、少し年季の入った白い壁。その近くには、これまた見覚えのある小さな井戸。
どうやらここは、父さんの病院・・・灰原病院の玄関前らしい。
辺り一面、シーンと静まり返って、虫の声すら聞こえない。
その中に、ひっそりとした気配を感じ、ゆっくりと視線を隣に向ける。
飛び込んできたのは、よく見知った、それでいてあまり出会いたくはなかった男の姿。
「霧島・・・?」
彼もまた、俺と同じ様に地面に転がったまま眠り伏せている。
一体何故・・・。
頭では起こすべきかこのまま逃げるべきかと迷いながらも、自然と手がそちらへと伸びていく。
触れた、と認識した瞬間。
突如、記憶がフラッシュバックした。
必死の形相で追いかけてくる霧島。
苦しげに呻く霧島の声。
生暖かい血の感触。
そして───────
全てを思い出し、そうかと一人納得する。
「俺は死んだのか・・・」
正確には『俺達』か。
あの日、俺が待ち望んでいた通り、姉さんは目覚めた。
しかし、姉さんはもう姉さんではなくなっていた。
あれから一体どれほどの時間が経ったか分からないが、きっと島人は全滅したんだろう。
姉さんが・・・いや、俺達が引き起こしてしまった無苦の日によって。
・・・きっと姉さんはもう戻ってこない・・・。
亞夜子はどうなっただろう?
隠れていろと忠告しておいたが、アイツは無事だっただろうか。
・・・無事でいてくれるといい。
せめて、俺と姉さんが繋がっていた証であるアイツだけは・・・。
柄にもない事を思いながら、もう一度眠ったままの霧島を見る。
死んだというのに、不思議と妙に落ち着いた気分だった。
もう、姉さんや亞夜子にも会えないかもしれないというのに・・・。
孤独を感じる事に慣れてしまったのだろうか。
霊媒体質だった母さんと姉さん。
幼い頃から父さんは2人に付きっ切りで。
母さんも、同じ体質である姉さんを一番心配していた。
母さんが死んでからは、父さんはますます姉さんを心配するようになった。
姉さんに母さんと末路を辿らせない為に。
それは俺だって同じ思いだったが、心のどこかでいつも孤独を感じていた。
それでも、姉さんだけは俺の傍にいてくれた。
姉さんの温もりが温かかった。
俺は姉さんを愛し、姉さんもまた俺を愛してくれた。
しかし、あの朧月神楽の日、その小さな幸せは音を立てて崩れていった。
姉さんが月幽病を発症。
あの日から、姉さんは少しずつ、でも確実に壊れていった。
姉さんの中から俺が消えていった。
姉さんが俺を忘れてしまう。
その事が何よりも恐ろしかった。
姉さんを治そう。
そう決めてから俺は、島を離れ、都心で小さな医院をやりながら月幽病治療の研究に専念した。
治療に役立ちそうな事は全て試した。
例えそれが法に背くことであったとしても。
そして俺は指名手配され、霧島に追われる事になった。
聞けばコイツは、刑事を辞めて探偵になったらしい。
俺を捕まえる為だけに。
俺がどこまで逃げようとも、コイツだけは追いかけてくる。
その執念は、それこそ地の果てまで追ってくるのではないかと思うくらいだ。
霧島から寄せられる感情は、好意ではなく、敵意でしかない。
・・・けれど、どんな形であれコイツは『灰原耀』という存在を、ただ真っ直ぐに見てくれた。
他の誰でもない、俺という存在を。
その事がただ─────── 嬉しかった。
でも・・・
「コイツとの鬼ごっこももう終わりか・・・」
そう思うと、少しばかり寂しさがこみ上げてくる。
「もう少し続けてても・・・」
そこまで呟いて、ハッとする。
俺は今何を言いかけた?
続けるも何も、自分で終わらせたんじゃないか。
一体何を言ってるんだと、自分で自分を嘲笑する。
捕まれば刑務所行き。
それだけに逃亡中という身はとても息苦しく、普通に生活するのにも神経をすり減らしていた。
その長い逃亡劇がようやく終わる。
せいせいするじゃないか。
バカバカしいと軽く笑い飛ばすと、不意にううっと呻く声が聞こえた。
隣で呑気に寝ていた男も、ようやく目覚めたようだ。
「・・・ここは?」
ぼんやりと呟かれた声。
誰に尋ねるでもなく、単に口をついて出ただけだろう。
その証拠に、霧島は俺の存在にすらまだ気づいていない。
「灰原病院の玄関前だ」
何の気なしに答えてやると、霧島はぎょっとした表情でこちらを見た。
続けて、慌てて起き上がり、即座に警戒態勢を取る。
「灰原っ!?」
「随分遅いお目覚めだな」
死んでからの再開を喜び、嫌味も一つ。
相手が呆けてる隙にもう一つ何か言ってやろうと、口を開く。
・・・が、突如強い力で腕を捕まれ、言葉は続かなかった。
「捕まえたぞ!もう逃げられないからな!」
してやったりという顔で俺を睨む霧島。
一体コイツは何を言ってるんだ?
もう俺達は死んでいるというのに。
もう、鬼ごっこは終わったというのに。
「これからお前を警察へ連れて行く。大人しく付いて来い」
淡々と話を進めていく霧島を見ながら、あぁそうか、と思う。
どうやらコイツはまだ、自分が死んだと認識していないらしい。
生前の、自分が死んだ時の記憶が戻ってないようだ。
全く、どこまでも呑気な奴だ。
「あのな・・・」
言いかけた瞬間、ある考えが脳裏を過ぎる。
───── もしこのまま何も教えずに逃げ出してみたらどうなるだろう ─────
霧島は、俺が言わずともすぐに思い出すかもしれない。
自分達が死んでいる事に気づくかもしれない。
でも、もしも──────────
考えるより早く体が動いていた。
手首を上手く捻り、拘束からするりと抜け出すと、一気に走り出した。
「灰原っ!」
案の定、霧島は急いで追いかけてくる。
「待てっ!灰原っ!!」
遠い昔、子供の頃に鬼ごっこをした時のような感覚が全身を駆け廻る。
鬼に捕まらないよう、必死に逃げ回っていたあの時の緊張感。
その心地よさ。
教えてやるのは簡単だが、それじゃあ面白くない。
真実が知りたければ、自分で見つければいい。
覚えていないのは、アンタが悪いんだから。
だが、こんな何もない島を一人で彷徨うのは寂しいだろ?
仕方ないから俺が付き合ってやるよ。
アンタの記憶が戻るまでは。
走りながら、自然と頬が緩むのを感じた。
───── 鬼ごっこ 再開 ─────
FIN
『零〜月蝕の仮面〜』に出てくる耀ちゃん&長さんの鬼ごっこの真相考察。
2人の鬼ごっこは、8年間ずっと無限ループしてるのではないかという説を元に書いてます。
さり気なく続いてたり → むげんループ
(2011・2・10)