気持ちよく食べていたら、正面から小さな舌打ちが耳に入った。
ムッとした表情で顔を上げると、目の前の相手と目が合う。
彼の手元に置かれた蕎麦はまだ半分ほど残っているが、箸は置かれていた。
不機嫌そうに皺のよった眉間からは、無言の抗議が伝わってくる。
どうせ「見てる方まで気持ち悪くなる」とか思ってるんだろうと思いながらも、一先ず確認。
「何ですか?」
「テメェのそれ見てると、こっちが気持ち悪くなるんだよ」
やっぱりそれですか。
予想はしてたけど、実際に言われると何かムカつく。
「嫌なら他の席に行けばいいでしょ?」
「俺が先に座ってたんだ。他の席行くのはテメェだろ」
「こういう場合は文句ある側が退くべきです。僕は文句ないので退きません」
そっけなく言い放つと、相手の眉間の皺がさらに増えた。
そのままジッとこっちを見据える相手に、負けじとこちらも睨み返す。
たまにはコミュニケーションを、なんて考えた僕がバカだった。
相手はあの冷血漢・人でなしと噂される神田ユウ。
彼の気遣いは、時と場合により過ぎている。
今の様な場合は、嫌いな相手に気を遣うなんて絶対にしないだろう。
それくらい分かっている。
分かってはいるけど・・・・・・もう少し、普通に対応してくれてもいいのに、なんて。
こちらがいくら笑顔で話しかけようとも、相手はいつも喧嘩腰。
どんなに優しい言葉をかけようとも、あの鋭い目で睨まれるのがオチだ。
相手がそんな調子だから、こっちもつい喧嘩腰になってしまう。
リナリーやラビは、それが彼のスタイルだと言うけど、僕はそう思わない。
だって、皆と僕とじゃ態度が違いすぎる。
何かにつけ一々突っかかってくるし、何度訴えてもいまだに呼び名は『モヤシ』だし。
そりゃ自然と笑顔も引き攣るってものですよ。
それでも・・・。
そんな彼と、少しでも仲良くなりたいと思ってしまう僕は、本物の馬鹿なんだろうか・・・。
突き刺さるような視線に、チクリと心が痛む。
この場の気まずさに耐え切れない。
でも、今目線を逸らすのは負けを認めた事になりそうで。
誤魔化すように手元の食料を食べ進めながら睨み続ける。
緊迫した空気のまま、約1分間。
「食うか睨むかどっちかにしろ」
もう少し続くものだと思ってた睨み合いは、相手が視線を逸らす事であっけなく終了した。
驚いて顔を正面に固定するも、見えるのは整った横顔だけ。
さっきまでの鋭い視線も、今は僕を捉えていない。
いつも視線を逸らすのは神田からだ。
そんなに僕を見ていたくないのだろうか・・・。
逸らされた視線を寂しく思い、もう一度こちらを向くように仕向けてみる。
「先に視線を逸らしたのはそっちですから、僕の勝ちですね」
「あぁ!?」
ほらやっぱり。
少し挑発すればすぐ戻ってくる視線。
思ったとおりの行動に、自然と笑みが零れた。
「何笑ってんだよテメェ。勝手に勝ったつもりでいるんじゃねぇぞ」
「視線を逸らした方が負けっていうじゃないですか」
「ふざけんな。つーか勝手に決めんな!」
喧嘩してるはずなのに、喜んでる自分がいる。
でも、何故嬉しく思うのか自分でも分からず、それが凄く焦れったく思う。
しかし、なおも続く口喧嘩。
「そんな事に拘わるなんて小さい男ですねぇ」
「だれが小さい男だ!叩っ斬るぞ!」
脅しをかけながらも、手は既に立て掛けてある刀を掴んでいる。
そっちこそ脅すなら脅すだけにしてくださいよ。
「何かあれば斬るって・・・偏食ばっかしてるから怒りっぽくなるんですよ」
「テメェみたいな養分摂取過多野郎に言われたくねぇよ!」
「毎日牛乳飲むとかしたらどうです?」
「テメェにんな事イチイチ心配される筋合いはねぇ!」
関係ないとでも言いたげな言葉にカチンとくる。
しかし、同時にちょっとした悪戯を思いついた。
嫌がらせついでに、少しばかりお節介を焼いた所で罪にはならないだろう。
子供の様にワクワクと胸を躍らせながら、目当ての物をこっそりと探し出す。
お目当てのソレを、そっとスプーンで一掬い。
「大体テメェは・・・「神田!」
まだ続けようとしていた相手の言葉を遮るように、大声で名前を呼ぶ。
次に、手に持っていたスプーンをズイッと相手の顔へ向けて差し出した。
ニッコリと、これでもかってくらいの笑顔を作って一言。
「はい、あーん」
カルシウムたっぷりのフルーツ牛乳かんを前に固まる神田。
態々甘いデザートを選んだのも嫌がらせの一つだ。
してやったりの笑顔で相手の出方を待つ。
「・・・は?」
聞こえてきたのは疑問を訴えるマヌケな声。
悪戯成功の合図ともとれるそれに、さらに笑いがこみ上げてくる。
笑いを堪えきれない。
また怒られるかな?
少し不安に思いながらも、一度成功してしまった悪戯は止められない。
からかう様にさらに言葉を投げかける。
「あれ?食べないんですか?」
相手の返答はなし。
罵声が飛んでくるかと思ったのに、いまだ微動だにしない。
そんなに効果的だったんだろうか?
不思議に思い覗き込むと、真剣な瞳と目が合った。
怒るわけでもなく、呆れるわけでもなく、ただただ見つめてくる眼差し。
心臓が高鳴っていくのが分かる。
睨みあってた時よりも、ずっと気まずい。
「これ嫌なんですか?じゃあ後は・・・」
話を続けるフリをして視線を逸らす。
どうしよう。
今、顔赤かったかも。
なるべく相手を見ないようにしながら、差し出した手を引っ込める。
・・・否、引っ込めようとした。
ガタンという音に顔を上げれば、相手は何故か立ち上がっていて。
怒らせたのかと心配する間もなく、差し出したままの手首を掴まれる。
そのままぐいっと引き寄せられれば、油断しきってた体はいとも簡単に相手の力に負けた。
思考が停止したまま見えた光景は、神田が僕の手のスプーンを口に運ぶ姿。
何が起こったのか理解するより早く、さらに相手の方へと引き寄せられる。
「余所見してんじゃねぇよ」
小さく囁かれた言葉に、カーッと顔が熱くなる。
近距離で向き合えば、そこには意地悪そうに笑う顔。
急速に脳が動き出し、言葉の裏に隠された意味を理解する。
この瞬間、僕は確かに彼に捕らわれていた。
態々話しかけるのは、僕を知ってほしいから。
彼の言葉一つに反応するのは、彼が僕を意識してくれてる証拠だから。
彼の言葉に縛られる。
それが、とても心地よかった。
この感情はきっと──────
独占欲
(キミに独占されたい)
ミッフェル様からのリクエストで、『神アレで何か』との事だったので、小説を書かせていただきました。
神田視点Verとアレン視点Verがあります。
アレンVer。
こっちは最初書く予定なかったんですが、神田Ver書いてる最中にいきなり思い立ち書いてみました。
独占欲と一言で言っても、色んなバージョンの独占欲があると思うんです。
神田は『独占したい』タイプの独占欲。
アレンは『独占されたい』タイプの独占欲。
何だかグダグダな文章になってしまいましたが、少しでも伝わってればいいなー・・・なんて。
では、リクエストありがとうございました!
(2008・12・3)