目の前で繰り広げられる光景に、思わずため息が漏れた。

周りには目もくれず、只管ガツガツと食べ続けるエクソシスト1名。
毎度毎度よくそんなに食べれるものだと、呆れを通り越して感心する。

いや、実際は感心など微塵もしていないんだが。
むしろ漂ってくる匂いに、好物の蕎麦すら喉を通らず、苛立ちだけが募っていく。
小さく舌打ちをすると、目の前の相手はムッとした面持ちでこちらを見た。

「何ですか?」
「テメェのそれ見てると、こっちが気持ち悪くなるんだよ」

抗議に対し、抗議で返す。
すると相手は、より一層ムスッとしながら反発してきた。

「嫌なら他の席に行けばいいでしょ?」
「俺が先に座ってたんだ。他の席行くのはテメェだろ」
「こういう場合は文句ある側が退くべきです。僕は文句ないので退きません」

 

本当に口の減らない奴だ。

大体、コイツは何故この席を選んで座ったのか。
顔を合わせれば言い争いばかりしてるのだから、こうなる事は容易に想像できるはずだ。
食べ方に文句を言ったのも今回が初めてではない。
ましてや、今日の食堂は少々混んでるとはいえ、他にも空いてる席は十分にある。
ともすれば、非があるのは俺の目の前に座ったコイツ、という事になる。
なのに、何故今俺は反撃されなければならなかったのか。
やっぱりコイツとは根本的に合わねぇ。

放っておけばいいのに、とは思う。
コイツ程ではないが、大食いの奴なんて他にもいるし、コイツより食い方が汚い奴だっている。
もちろん、そんな奴等を見て不愉快に思うことは幾度となくあった。
しかし、こんな風に突っかかる事もなく、あえて無視を決め込んでいた。

だからこそ、コイツには何故こんなにも突っかかってしまうのかと自分でも疑問に思う。

強いて答えをあげるとすれば、いつも俺の目の端にいるからだろう。
目立つ容姿に目立つ声をしてるコイツは、同じ空間にいるだけで否応なしに目に入る。

そしてあの胡散臭い笑顔。
他の奴等には普通にニコニコするくせに、俺の顔見た途端、一気に胡散臭い笑顔に変えやがる。
それに気づいてる状態で普通に返すなんて出来るはずがねぇ。
もっと普通に笑えねぇのかコイツは。
いや、別にモヤシの笑顔を見たい訳ではないんだが。

 

射る様に睨みつけてやると、向こうもキッとこちらを睨みつけてくる。
しかし、その間もなお、握られたフォークと口だけはせかせかと動いている。
時折チラチラと手元へ落とされる目線が、余計俺の神経をさかなでる。

「食うか睨むかどっちかにしろ」

吐きつける様に言い捨て、視線をこちらから逸らす。
目の端にモヤシの驚いた顔が見えた気がした。

だが、どうでもいい事だ。

どうせモヤシが見てるのは大量の食料だけ。
俺の目の前にいても、モヤシは俺を見ていない。

 

イライラする。

 

どうでもいいはずなのに、コイツの次の行動が気になるのは何故なのか・・・。
このまま話しかけてこなかったら叩ききってやる、などと物騒な考えが脳裏を過ぎる。

「先に視線を逸らしたのはそっちですから、僕の勝ちですね」
「あぁ!?」

話しかけろとは思ったが、誰が勝利宣言しろと言ったんだあのバカモヤシ。
聞き捨てならない言葉を受け、反射的に声の主を睨みつける。
途端、嬉しそうに笑う顔が視界に飛び込んできた。

「何笑ってんだよテメェ。勝手に勝ったつもりでいるんじゃねぇぞ」
「視線を逸らした方が負けっていうじゃないですか」
「ふざけんな。つーか勝手に決めんな!」

言い合いつつも、固定される視線に安心感を覚える。
しかし、この感情の正体が分からず、もどかしさだけが募っていく。

そんな思いを振り払うかの様に口喧嘩を続ける。

 

「小さい事に拘わる男ですねぇ」
「だれが小さい男だ!叩っ斬るぞ!」

───前言撤回。
この人を馬鹿にした視線に安心感なんか感じる訳がねぇ。

「何かあれば斬るぞって・・・蕎麦ばっか食べてるからカルシウム不足になるんですよ」
「テメェみたいな養分取り過ぎ野郎に言われたくねぇよ!」
「毎日牛乳飲むとかしたらどうです?」
「テメェにんな事イチイチ心配される筋合いはねぇ!」

どうでもいい事ばっか気にしやがって。
しかも、視線はまた手元の食料へ向いてやがる。
こっちを気遣ってかチラチラ目配せするように見てはいるが、明らかにバレバレなんだよ。

言い合い真っ最中でも食料が優先なのかコイツは。

 

「大体テメェは・・・ 「神田!」

さらに言葉を続けようとするも、相手の大声によって不意に遮られる。
行き場を失った言葉を口の中で持て余していると、目の前にスプーンを突きつけられた。

そして、いつものあの胡散臭い笑顔で一言。

 

 

 

「はい、あーん」

 

 

 

一瞬、俺の脳内も食堂全体も、全てが停止した気がした。
目の前にいるモヤシだけがニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべている。

 

「・・・は?」

漸く出たのはマヌケな疑問詞が一つ。
コイツは一体、あの言い合いからどうやってそんな思考に繋がるというのか。
いやそれより、何の嫌がらせだこれは。

とりあえずもう一度睨んでおくかと前を見据える。
しかし、それが実行される事はなかった。

 

 

目の前にある笑顔が、いつものソレとは違っていて。

心底楽しそうに笑っていて。

 

 

一瞬にして目を奪われる。

 

 

「あれ?食べないんですか?」

覗き込むなアホ。

そう心で考えるも、言葉が出てこない。

微動だにせずに相手を見つめ続ける。
先ほどの睨みあいとは違い、殺気や憎しみは微塵も感じられない。
まさに見つめあい状態。

 

このまま黙り続けていれば、永遠にこの時が続く気がした。

 

もちろん、そんな訳ないのは分かっているのだが。

 

 

「これ嫌なんですか?じゃあ後は・・・」

先に目を逸らしたのはモヤシだった。
視線の先はやはり大量の食料。

またかよ、と小さく悪態をつく。

 

 

 

 

何でコイツは俺を見ない。

 

 

 

 

ガタンと音を立てて立ち上がる。
その音に驚き、相手の行動が一時停止した。
その隙に差し出された手を掴み、勢いよく引き寄せる。
バランスを崩したモヤシは前のめりになったが、どうにかスプーンの中身は持ちこたえている。

 

驚いた表情の相手を無視し、スプーンを自分の口へと運んだ。

 

呆然と俺を見るモヤシをさらに引き寄せる。

 

 

 

 

「余所見してんじゃねぇよ」

 

 

 

 

小さく囁くと、途端モヤシの顔が真っ赤に染まった。

曝け出された相手の素顔に、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

掴んだ腕から相手の少し早い鼓動が伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間、モヤシは確かに俺だけのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

目に入るのは、無意識に探しているから。

 

突っかかるのは、俺を意識させるため。

 

 

 

 

 

 

 

俺だけを見つめる視線。

 

それが、とても心地よかった。

 

 

 

 

 

この感情はきっと──────

 

 

 

 

 

独占欲

 

 

(キミを独占したい)

 

 

アレン視点へ→

 

 


ミッフェル様からのリクエストで、『神アレで何か』との事だったので、小説を書かせていただきました。
神田視点Verとアレン視点Verがあります。

神田Ver。
前にブログにて『神田は独占欲が強そう』という話題が出たのをヒントにさせていただきました。
そして出来たのが、食べ物 にまでヤキモチ焼いちゃう神田。
何か道を踏み誤った気がしてなりません。
でも書いてる本人はものすごく楽しかったです(笑)

では、リクエストありがとうございました!

(2008・12・3)

 

 

ばっく