5.2003年4月19日 

 

 

 

宅配業者は荷物を部屋へ運び終えると、一礼して去っていった。
部屋の中へ戻ると、そこには段ボールの山と、その中心で箱を開ける男が一人。

「思ったより荷物少なかったんだな」

声をかけるけど、相手は手元に視線を落したまま。
手際よく箱の中身を取り出して行く。

「あぁ。色々持ってきても、バタバタしてて片付ける時間あるか分かんねぇし」
「そう思うならもっと早く引っ越して来いよ。そしたら時間くらい取れただろ?」

スタスタと歩み寄り、横に座る。
チラリと隣を盗み見ると、マサキはニッとバツが悪そうに笑った。
そういう顔されると僕が文句が言えなくなるのを知っててやってるんだろう。
昔からこういう駆け引きは得意な奴だった、と憎々しげに相手を見る。
ついでに、まんまと言葉に詰まる自分にも軽く自己嫌悪。

溜息を一つ吐くと、近くの段ボールを引きよせ、止めてあったガムテープを剥がした。

 

 

 

今朝一番の便でマサキはスペインへやってきた。
もちろん、こっちのチームへの移籍が決まったからだ。
しかも、僕の所属チーム、マラガCFに。

マサキから連絡が来た時の反応は、喜び1割、驚き9割。
いやむしろ、驚き10割と言った方が正しいかもしれない。

確かに同じチームで出来たらとは思っていた。
けれど、あくまでそれは『日本代表』としてだ。
まさか所属チームまで同じだとは考えてもみなかった。

どうやらそれは、マサキにとっても同じだったようで。
受話器越しに聞こえる声は、少し震えていた。

言ってしまえば、ただの偶然。
神様のちょっとした気まぐれだろう。

でもそれは、僕にとったらありえないくらいの奇跡。

 

 

─── 世界へ ───

 

 

マサキは、あの約束を見事に果たしてくれた。

僕の傍へ来てくれた。

こんなに幸せでいいのかと、逆に不安になるくらいだ。

 

マサキの移籍が決定してすぐ、僕たちはスペインで一緒に暮らす事を決めた。
表向きは、気の置けない仲間同士、ルームシェアという事になっている。

元々僕が借りていた部屋は、二人で住んでも十分な広さだったため、
態々大きな所へ引っ越すのではなく、僕の部屋を継続して使う事にした。

今は、その為のマサキの引っ越し真っ最中と言うわけだ。

 

 

 

「に、しても。何で今日なわけ?」

片付ける手は止めずに、少し不貞腐れたように頬を膨らませる。
マサキはキョトンとした顔で僕を見た。

「何が?」
「引っ越し!何で態々今日にしたんだよ」

ギロリと恨みがましく睨んでやると、マサキはあーとかうーとか唸りながら、気まずそうに視線を逸らした。

「練習も休みだし、今日はゆっくり出来るなーとか思ってた僕の計画をどうしてくれるんだよ。
 てか、そもそも、恋人の誕生日を引っ越しの日に選ぶってどう?
 手伝わされるのはこの際いいとしても、いくら荷物が少ないとはいえ、人一人が引っ越すんだよ?
 普通に考えて今日だけで片付け終わる訳ないだろ。
 誕生日くらい恋人を労わろうっていう気持ち、お前にはないわけ?」

誕生日でなくても労わってくれてる、という事実はこの場合、見ないフリだ。
我ながらなかなか理不尽な言い分だとも思う。
でも、恋人には少しくらい我がまま言ったって罰は当たらないだろ?
何せ、一年以上離れ離れになってたんだから。

一気に捲し立て、一息つくと、隣から笑い声が聞こえてきた。

「何笑ってんだよ」
「いや、相変わらずの毒舌マシンガントークだなと思って」
「毒舌で悪かったな」

眉をひそめると、慌てて謝られる。

別に僕だって本気で怒ってる訳じゃない。
慌てるマサキがおかしくて思わず笑うと、マサキも安心したように微笑んだ。

 

「・・・本当は、もっと早く越してきて、今日はゆっくりしようとも思ったんだけどな」
バカにするなよ、と一言だけ付け足す。

 

「俺達が付き合いだしたのって、2年前の今日だろ?」

 

コイツは、記念日というものをこんなに大切にする男だっただろうか。
バカにする訳ではないが、意外すぎて思わず間抜けな顔で静止してしまった。

そんな僕を見て、マサキが少し微笑む。
何だか照れくさくなって、今度は僕から視線を逸らす。

 

「で、アンタが失恋したのも4年前の今日」

 

聞き捨てならない言葉にピクリと眉が反応する。
先ほどの『付き合いだした記念日』というのはまだ分かる。
でも、僕の失恋がマサキの引っ越しと何の関係があるというんだ?

逸らした視線を戻すと、マサキの真剣な目が見えた。
何か理由があるんだと思い、そのまま口を挟まずに話を聞く。

「翼が監督の事好きだって知った時、俺は一度失恋した。
 でも、4年前のあの日。アンタが失恋した事で俺にはもう一度チャンスが来た」

マサキは少し目を伏せ、そして、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「4月19日は俺にとって『始まりの日』なんだ」

 

 

伏せていた瞼が開かれると、そこから現れた瞳がじっとこっちを見つめる。
その顔が、何故か僕の知らない顔の様に見えて、少しドキリとした。

「だから、引っ越すなら今日が良かった」

柔らかく微笑まれ、頬が熱くなる。
キュウっと胸が締め付けられ、眼頭に熱が溜まるのを感じた。

 

 

どうしてコイツはこんなにも僕の喜ぶ言葉を言ってくれるんだろう。

最高の誕生日プレゼントだ。

 

 

顔を見られないようにギュッとマサキに抱きつく。

成長してもなお、僕より一回り大きい胸板と背中。
優しく受け止めてくれる逞しい腕に、安心感が広がっていく。

トクントクンと二人の少し早い鼓動が重なり合う。

 

 

 

「マサキ・・・ありがとう」

 

 

 

2年前と同じ様に、僕たちは唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1999年4月19日。

僕の初恋が終わった日。

 

マサキの恋が始まったのは、この日からだったんだ。

 

 

 

2000年4月19日。

僕が再び前へ進めた日。

 

あの時マサキが寂しそうな顔をした理由が、やっと分かったよ。

 

 

 

2001年4月19日。

僕がまた恋をした日。

 

マサキが僕を好きでいてくれて、良かった。

 

 

 

2002年4月19日。

恋が愛に変わった日。

 

お前となら、絶対大丈夫だって思えたんだ。

 

 

 

そして、2003年4月19日。

僕達が新たなスタートラインに立った日。

 

マサキがいるから僕は僕でいられる。

きっと、これからもずっと─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月19日。

 

僕達の、始まりの日。

 

 

 

 ←  FIN 

 

 


今年の4月17日から始めたこのシリーズ、やっと最後まで書ききりました。
妙に乙女な柾翼とか、何やら突っ込みどころ満載ですが、あえてスルーしときます。
とりあえず今は、無事今年中に終わって良かったという思いでいっぱいです。

最後に、翼も柾輝も誕生日おめでとう!

(2008・11・23)

 

 

ばっく