叫ぶ血
三日間ある一定の範囲内で約20名の人間が殺し合いをするとして、
生き残る最後の一人になれる確立は、たったの5%しかない。
個人の力や武器、精神力の強さなどを考慮したとしても、
最高で10%を超えるか超えないかというところだろう。
「こういうのを"絶望的"と言うのだな・・・」
唇を最低限のみ動かし、不破が呟く。
誰かと会話するための台詞ではなかったのだが、
不破の後ろを行く小柄な少年、風祭にはわずかに聞こえていた様だ。
不思議そうな顔で、自分の前にある背中に目をやる。
「何か言った?不破君」
「いや、何でもない」
少し振り向き、軽く左手を挙げてみせる。
風祭はそれ以上尋ねず、「そう」とだけ答えた。
「ところで、僕達どこに向かってるの?」
「D−7にある集落だ。地図を見たところ、結構広範囲に亘っている。
ここでならパソコンくらい見つかるかもしれない」
「パソコン?」
「あぁ。これだけ大掛かりな仕掛けだ。何か『穴』があってもおかしくはない。
そこを突けばここからの脱出も可能になるかもしれない」
「脱出・・・できるの・・・!?」
風祭が思わず目を見開く。
「絶対ではないにしろ、可能性は0じゃない。
ただ、いくら武器があっただけじゃどうにもならないからな。
そのためのパソコンだ」
不破が、ニィっと口の端を吊り上げる。
「うん!」、と風祭が元気良く首を縦に振った。
◇
20分くらい歩いた頃だろうか。
木々が生い茂る森がいきなり途切れ、目の前に集落が現れた。
こんな閉ざされた孤島なのだから、木造建ての古い家ばかりかと考えていたが、
実際はコンクリート造りの現代的な家が多く並んでいる。
道こそあまり整備されていないものの、街灯も付いており、なかなかオシャレだ。
ゆっくり歩きながら、近場にある家の外観を軽く見て回る。
パソコンという近代的な代物を探しているのだ。
人間の心理としては当然の選択だろう。
二人は、中でも一番近代的と言える大きな白い家の前で足を止めた。
しかし、さすがと言うべきか、やはりドアはロックされており開かない。
窓にも錠がしっかりかけてある。
「あまり大きく動きたくはないが・・・いや、この場合は仕方ない」
ブツブツと何やら呟くと、不破はおもむろに足元の石を拾い上げた。
そのまま、甘い香りを放つ、大きな金木犀の木に近づく。
風祭の位置からは木が視界を塞いでいたため気づかなかったが、
不破は人一人がやっと通れるくらいの小さな窓、多分トイレの窓だろう、に気づいていたようだ。
すばやく辺りに人がいない事を確認すると、窓ガラスの錠付近に石を投げつけた。
カシャン、と小さな高い音を立て、窓ガラスが割れる。
割れた隙間から手を入れ、錠を外す。
不破が風祭に目で合図し、二人は開いた窓から家へ入ると、予想通りそこはトイレだった。
まずは廊下に出てすぐの部屋に入ってみる。
室内には新刊の雑誌や吸殻の入った灰皿が机上にあり、まだ生活感が漂っている。
様子から行って、このゲーム開始直前まで人が住んでいたようである。
ついでに、お目当てのパソコンを探しながらチェックしたところ、
電気、ガス、水道も止められておらず、キチンと使えるようになっている。
「こういうところは政府もズボラなのだな。
いや、それが使えたところで何もできないと思ったと言う方が正しいか・・・」
俺たちも随分甘く見られたものだと軽く苦笑する。
そして、隣の部屋に行こうと振り向くと、廊下から自分を呼ぶ風祭の声が聞こえてきた。
「どうした?」
「あ、不破君。パソコン、二階の部屋にあったよ」
風祭に案内されて二階へ進むと、デスクトップ型のパソコンが1台置いてある。
少し古い型のようだが、起動スイッチを入れると、ウィィンという音と共に画面が明るくなった。
不破の持っている携帯を繋げば、インターネットもちゃんと出来そうだ。
「よし。これで何とかなるかもしれない」
二人は笑顔で顔を見合わせた。
早速作業に・・・と思った瞬間、ガタッと言う物音が一階から聞こえてきた。
二人は再び顔を見合わせる。
ゆっくり、物音を立てないように階段上から一階を覗いてみる。
すると、二人が入ってきたトイレの方向から、大きな人影が歩いてくるのが見えた。
明け方近くで、空が明るんできてるとはいえ、外はまだ暗い。
そのため、家の中も薄暗く、よく見えないので確定はできないが、どうやら渋沢のようだ。
「よかった。渋沢さんなら話をすればきっと協力してくれるよ。僕、話しかけてみるね」
風祭が、本当に小さな声で不破に耳打ちし、立ち上がろうとする。
しかし、それを不破が静止する。
「待て。本当に渋沢かはわからない。
それに、もし相手が乗っていたらどうするつもりだ」
「でも・・・」
風祭が何か言おうとした瞬間、下から声が聞こえた。
「誰かいないのかー?」
その声は紛れもなく渋沢克朗、その人だった。
「やっぱり渋沢さんだ!」
風祭が嬉しそうに立ち上がる。
不破は再び風祭を止めようとしたが、それを行動に移すことはなかった。
相手は東京選抜キャプテンのあの渋沢だ。
その冷静さと実力は不破も認めているし、何よりあの温厚な性格から行って乗っているとは考えにくい。
今までのデータを総合して考えても、99%大丈夫だと思ったのだ。
「渋沢さん!」
「風祭?」
「はい。渋沢さん無事だったんですね。会えてよかったです」
風祭が笑顔で階段を駆け下りる。
「あぁ。風祭も無事だったんだな。・・・会えて俺も嬉しいよ」
風祭が渋沢の前に到着すると、突然、ドンッと言う大きな音が家中に響き渡った。
「これでやっと3人目だ・・・」
風祭の体が、グラリと後方に揺れ、そのまま床を目掛けて一直線に倒れこんだ。
「風祭っっ!!!」
「何だ。不破もいたのか」
渋沢が、いつもの優しい笑顔で不破を見る。
「すまないが、ここで死んでくれないか?」
笑顔を崩さないまま、小型拳銃の照準を不破に合わせ、発砲した。
幸い、弾は階段の手すりに当たり、不破まで届く事はなかったが、銃はまだ不破を狙っている。
不破はすぐさま右手に持っていたボーガンを渋沢に向け、引き金を引いた。
「ぐっ・・・・・」
矢は、渋沢の眉間のど真ん中に的中した。
その様子は、まるで渋沢から矢が生えているようにも見える。
矢が刺さってもなお、不破に向けて必死に発砲するが、弾はすべてあさっての方向へ飛んでいく。
カチッカチッ、と銃が弾切れを合図したと同時に、渋沢もその場に倒れこんだ。
急いで階段を降り、風祭を抱き起こす。
「しっかりしろ!風祭!!」
「不破君・・・」
「あまり口を開くな。今手当してやる」
不破は近くにあった渋沢のバックを手に取り、タオルがないか探す。
「不破君・・・ごめんね・・・」
「何を言っている!弱気になるな!」
例えば。
何もかもかなぐり捨てて君を止めていたなら、
君は助かったのだろうか・・・?
「不破君は生き・・・て・・・・・」
例えば。
この声が枯れようとも、大声で君の名を呼んでいたなら、
君はまだ俺の隣にいたのだろうか・・・?
「風祭・・・?おい!風祭!!」
今更そんな事を考えても遅いのはわかっているけれど、
頭の中ではキチンと整理できていても、体中の血が騒ぐ。
「・・・っ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は今、
血まみれの君を抱いて、ただ叫ぶ事しかできないんだ・・・。
FIN
理解できない。
理解したくない。
(2005・3・19)