「お前なんか嫌いだ」

 

突然言い放ってみた言葉は、酷く震えていて。
平静を装えなかった事に、自分でも驚いてしまった。

しかし、ありがたい事に、相手にその動揺は伝わっていなかったようだ。
キョトンとした表情でこちらを見ている。

・・・否。
見ていた、と過去形にした方が正しいだろう。
一瞬見せた普段あまり見る事の出来ない無防備な表情から一変、現在はこちらを鋭い眼光で睨みつけている。

 

「・・・今、何つった?」

冷ややかな声に、思わず身体に緊張が走る。
ここで怯んでは負けだと自分に言い聞かせ、もう一度あの言葉を口にした。

「だから、俺はお前が嫌いだ、って・・・」

言葉尻が消えるように小さくなったのは、安曇の視線が一層鋭いものになったから。
会話をする時は相手の目を見て、なんて、忠実に守るんじゃなかったと少し後悔する。
俺はどうしてこう変な所で生真面目なのか。

人を射尽くす様なあの目を見るからダメなんだ。
安曇の目さえ見なければ、きっと大丈夫。
普段通り、もう一度平静を装って、パッと視線を・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・外せなかった。

睨めっこじゃないんだからさっと外してしまえ、と頭の片隅で自分に突っ込みを入れる。
しかしそう考えた時、今度は心の片隅に、外したくないという感情が渦巻きだす。

視線を外すと、彼はもう自分を見てくれないような気がして・・・。

 

でもそれは・・・それこそが、俺が今望んでいる事なんだ。

俺の体は『景』のもので。
安曇は『景』の親友で。
安曇が見ているのは、『螢』の中にいる『景』の面影。
俺は『景』の代わりでしかない。
それくらい、全て分かっている。

・・・なのに、その一方で、彼にどうしようもなく惹かれる『螢』がいる。
安曇と触れ合うたび、傍にいたいと願ってしまう感情がどんどん膨らんでいく。
安曇が俺に触れる度、こんな俺でも安曇の傍にいてもいいんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。

そんな自分が嫌で、安曇から離れようと決めたんじゃないか。

 

嫌だと悲鳴を上げる心には気付かない振り。
ゆっくり瞬きをしながら、深呼吸を一つ。

「俺は・・・」

もう一度言おうとして・・・しかし、その言葉は音にならなかった。
外そうと思っていた視線はやっぱり外せないまま。

安曇の、あんな顔を見てしまったから。

「なんで・・・?」
「あ?」
「なんでそんな顔、するんだよ・・・」

瞬き後に見た安曇の顔は、息苦しそうにくしゃりと歪んでいた。
眉間に寄せられた皺と細められた瞳から感じるのは、怒りではなく、悲しみ。
先ほどまであった鋭い眼光も息を潜め、今では愁いを帯びたものになっている。

また俺にアイツを重ねてるのか?
残念だけど、俺は『景』じゃない。
『螢』に嫌われるくらい、お前にとっては何でもないはずだろ?

止めてくれ。

これ以上、勘違いしたくないんだ。

 

 

「お前なんか大嫌いだ!」

キッパリと、今までで一番の大音量で言い放つ。

と、同時に、安曇が俺の腕を掴んだ。
驚く暇もなく、そのままグイッと引き寄せられる。
見事にバランスを崩した俺の身体は、気がつけば安曇の腕の中。
体格差があるため、すっぽり収まってしまっている。

「はっ・・・離せバカ!!」

ジタバタと子供のように暴れてみせるも、一向に振り解ける気配はない。
それどころか、相手も離すまじとばかりに更に腕に力を込めてくる。

グルグル混乱する頭で、必死に打開策を考えていると、頭上から安曇の声が降って来た。

「嫌いだっつーんなら、んな泣きそうな顔してんじゃねぇよ!!」
「!?」

泣きそうな顔?俺が?
それはさっきの安曇じゃないか。
だって俺は、まだ泣いてない。
悲しみよりも今は怒りを感じているんだ。
・・・誰に対してかは、自分でも分からないけど。

それでも、その言葉がまるで自分の心を見透かしている様な気がして、顔がカッと熱くなるのを感じた。

「してない!」
「してる」
「してねぇって!」
「してるっつってんだろウゼェ!」

自分以上の大声で怒鳴られ、ビクリと体が揺れる。
普段から言われ慣れているはずの『ウゼェ』という言葉が、まるで傷口に塩を塗るかの様に痛みを与えた。

「ウザイと思うなら離せよ・・・」

抑えきれずに漏れたのは、震えた声。
目の前がぼんやり滲んでいくのが分かる。

「俺は・・・」

 

───── お前の望む『ケイ』にはなれないんだ ─────

 

一言、そう言えばいいだけなのに。
言葉が喉に引っかかったように、まるで出てきてはくれない。

「自分から言い出しといて泣いてんじゃねーよ」

ギュウ、と抱きしめる腕に力を込められれば、先ほど与えられたはずの痛みは容易く和らいでいく。

聞こえる心音。
心地よい温もり。
自分が彼を求めているのが分かる。

 

離れたくない。

 

離れなくちゃいけない。

 

「・・・嫌いだ・・・」

涙と共に零れ落ちる言葉。
それは、自分への暗示。

「・・・お前なんか大嫌いだ・・・」

言葉にすれば、きっとそれは本当になると信じて。

 

 

「・・・・・・ケイ・・・・・・」

優しく呟かれた音には、どちらの漢字が当てはまるのか。

 

嫌いだ。

俺を通して『景』を見ているお前が。

 

 

大嫌いだ。

『螢』をこんな風に求めてくれるお前が。

 

 

 

嫌い。

 

 

 

嫌い。

 

 

 

大嫌い。

 

 

 

 

 

嫌いだと言って、本当に嫌いになれたらよかったのに。

 

 

(それでも嫌いになれない自分が一番嫌い)

 

 

 

 FIN 

 

 


柚木様のお誕生日祝い作品に書かせて頂きました。
柚木様のオリジナル作品に登場するオリキャラCP 『宵人×螢』です。
この2人の設定に関しましては、柚木様のサイトをご参照ください。 → 柚木屋

宵人は自分を通して、自分の前の人格である『景』を見ていると思っている螢。
そんな事はなく、本当に『螢』を想っているのに、上手く伝えられない宵人。
お互いがお互い素直になれない為に生じる溝。
このすれ違いっぷりが、本当に切な萌えしまくって仕方ありません(*´▽`*)

本当はお誕生日祝いなのでもっと甘々なのを書きたかったのですが、
宵螢はこういう感じの方が2人っぽいなと思い、この小説になりました。
次また書かせて頂けるのならば、もう少し甘い宵螢も書いてみたいです( ̄m ̄*)

最後になりましたが、柚木様、お誕生日本当におめでとうございます(≧∇≦)

※柚木様のみお持ち帰り可能です。

(2011・2・10)

 

 

ばっく