三上誕生日2008
学校が違うだけなのに、とても不便だと感じる。
校区は違えど、同じ東京都内。
会おうと思えばいつでも会いにいける距離だけど。
それは結局『予定が合わない』という何とも単純かつ難解な理由一つで簡単に阻まれる。
毎日会わなきゃ嫌だ、なんて女々しい事は思わない。
でも、好きな人に会いたいと思うのはごくごく自然な事だろ?
特に、忙しくて会えない日が続いた時なんかは。
そんな時、アイツはいつも、電話してくるんだ。
会いたくて、寂しくて仕方ないときは必ず。
まだ何も言ってないのに。
僕からは一切連絡なんて入れてないのに。
そのタイミングが正にピッタリで。
あまりにもピッタリ過ぎて。
「だからってテレパシーはないと思いますよ、椎名先輩」
泥で汚れたユニフォームを脱ぎながら、色黒の後輩は言った。
雑然としたサッカー部の部室内で、二人の視線が交差する。
翼は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐにぷぅとむくれて見せた。
「それくらい分かってるよ」
口を尖らせて反撃する。
もちろん、本気で怒っているわけではないのだが。
「でもさ、会いたいって思ってたらすぐかかってくるんだぜ?
声聞きたいなーとか、寂しいなーとか、ちょっと考えただけでもそうだ。
これはもう僕の考えが相手に伝わってるって考えてもおかしくないだろ?」
目をキラキラと輝かせながら嬉しそうに語る姿が、
その可愛らしい外見にあまりにも似合いすぎていて、思わず柾輝は苦笑する。
「いつからそんなロマンチストになったんだよ?」
冗談交じりに返すと、翼も少し苦笑しながら答えた。
「別に僕だって本気で信じてるわけじゃないよ」
これが一方通行の恋だったら、また話は変わってくるだろう。
しかし、これはあくまでも恋人同士の話だ。
片方が会いたいと思うならば、もう片方が同じ事を考えていても何ら不思議な事ではない。
ましてや、校区が違うため平日学校で会う事がない。
おまけに、忙しくて休日もなかなか会えないとなると、会いたいと思う方が当たり前だ。
理論的に考えて、超能力なんかではなく、電話があったのはただの偶然にすぎない。
・・・けれど。
「ただ・・・分かってくれたって考える方が嬉しさ倍増するだろ?」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ」
それに、と翼が続けようとした瞬間、二人の会話を遮るように翼の携帯が鳴り出した。
途端、翼の表情がパアッと明るくなる。
ゴソゴソとカバンから音源を取り出し、慣れた手つきで通話ボタンを押す。
「もしもし、三上?」
ハトコと同じ名の彼を、翼は付き合いだした今も"三上"と呼ぶ。
"アキラ"と言うとどうしてもハトコを思い出してダメらしい。
三上には名前で呼べと散々言われたらしいが、結局のところ、未だ練習中というわけだ。
『部活終わったか?』
「うん。今、部室」
正確には着替え終わって片付けてるところだが、三上には説明は不要だと翼は考える。
昨日も『部屋にいる』と言ったら、『どうせDVD観てたんだろ』と容易く当ててのけた。
恐らくこれも、翼がレンタルしてくると言ってた事を覚えていただけの事だろうけど。
ウッカリまた『テレパシー?』なんて考えてしまう。
『今、校門の所にいるから早く出て来いよ』
「うん・・・って、えぇ!?」
ふわふわした考えを打ち抜く様な強烈な一言に、翼は思わず素っ頓狂な声を上げた。
隣で帰り支度をしていた柾輝もその声に驚き、手を止めて翼を見る。
「今日、僕がそっち行くって言ってなかった?」
『今日くらいはって渋沢たちに送り出されたんだよ』
仕方なく来てやったとでも言いたげな物言いではあるが、
何よりも喜びが先に湧いてきて、翼の頬がふにゃっと綻んだ。
今そっち行くから、と口早に言いながら電話を切ると、帰り支度の整ったカバンを掴む。
「マサキ、戸締り頼む。俺先行くから」
言うが早いか動くが早いか、軽く手を上げるとその手でドアノブを掴んだ。
が、開ける前にもう一度柾輝を振り返る。
「ほらな。あながち嘘じゃないだろ?テレパシー」
ニッと笑い、左手に掴んだままの携帯を自身の顔の高さまで上げてみせる。
「そんなに会いたかったのかよ」
吹き出しそうになるのを堪えながら柾輝が返す。
「それもあるけど、今日アイツの誕生日なんだよ」
照れたように笑う翼を見て、あぁ、と柾輝が納得する。
もう一度「じゃあな」と手を振り、翼はドアを開けた。
別に誕生日だから会いたかったわけじゃない。
だけど、誕生日という特別な日に少しでも長く一緒にいたかったのは本当だから。
まるでテレパシーみたいに僕を分かってくれるアイツに感謝を込めて。
ありがとう。
大好きだよ、亮。
FIN
2008年 三上誕生日祝い小説。
(2008・1・22)