Poisson d'avril
早朝5時。
外はまだ少し薄暗いが、雨は降っていないようだ。
朝食の前に少し鍛錬してこようと、服を着替え、ササッと身の回りを整えると、そっと部屋を出た。
・・・・・・所に、何故か神田が立っていた。
しかも、超の付くほど仏頂面で。
一瞬にして、何か神田を怒らせる事をしたか?と考えてしまったのは、普段の彼の行いが原因だと思う。
顔を合わせる度に口喧嘩をしていれば、嫌でもそう思うに決まってる。
とはいえ、考えても神田を怒らせた理由なんて思いつくはずがない。
だって彼は、ここ1週間ばかり、リナリーと共に任務に行っていたはずだ。
昨日だって、僕が眠りに就くまで神田とリナリーが帰ってきたという話は聞いていないし、姿を見てもいない。
神田がまだ団服のままな事から推測するに、ついさっき帰ってきたのだろう。
ともなれば、ここに彼がいたのは偶然の可能性が高い。
僕の部屋の前を通って、自室へ帰ろうとしてる所に丁度僕が出てきたとか。
で、まさか朝っぱらから僕に会うなんて思ってなくて、「ゲッ!モヤシ!?」・・・みたいな。
これだけの事を高性能コンピュータもビックリの速さで導き出した僕は、なるべく視線を合わせないようにしながら、当たり障りなく挨拶だけしてダッシュで逃げる、という結論に行き着いた。
「おはようございます。今帰ってきたんですか?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
・・・・・・スルーですかこの野郎。
いや、下手に文句言われるよりよっぽどいい。
よし、今のうちに退散してしまおう。
「じゃあ、僕は鍛錬に行くのでこれで・・・・・・・・・はいっ!?」
何で急に腕掴むんですか神田さん。
思わず元気よく返事しちゃったじゃないですか。
てか、用があるなら話しかけた時にちゃんと返事くらいしてくださいよ。
面倒な事になりたくないので、実際には口に出さないけど。
「何ですか?」とだけ尋ねてみると、神田はますます眉間に皺を寄せた。
なんでますます不機嫌になるんですか?
こっちは怒りがあまり出てきてない分、地味に怖いんですが・・・。
1歩後ずさると、逃がすものかとばかりにグイッと引き寄せられ、そのまま一気にまくし立てられる。
「テメェなんか大嫌いだ。一生俺の傍に寄んじゃねぇ」
・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・???
・・・・・・・・・は?今なんと?
「・・・・・・それだけだ」
神田は僕の手を離すと、くるっと踵を返し、僕が向かおうとした方向とは逆へ歩いて行った。
置いていかれた僕の方は、まだ頭が事を理解していない。
とりあえず一旦落ち着こう。
えーと、彼は何て言ってたっけ?
『テメェなんか大嫌いだ』?
うん、よく知ってます。
普段から神田の音声付で聞き慣れてます。
で、次に『一生俺の傍に寄んじゃねぇ』?
それはまずコムイさんに直談判してください。
任務のコンビ組んでるのは僕じゃないんですから。
・・・・・・・・・で?
何で僕はこんな朝っぱらに、神田から大嫌い宣言受けなければいけなかったんでしょう?
◇
「あんっっっっの年中ムッツリ男っっっ!!!」
ダンッ、と勢いよく机に拳を叩きつけ、持っているナイフとフォークをこれでもかと握り締めた。
「落ち付いて、アレンくん」
苦笑い気味に宥めてくれるリナリーの声に、はたと正気を取り戻せば、食堂中の視線がこちらに集まっていて。
そこでようやく自分がいかに興奮して愚痴っていたかを自覚する。
羞恥心と気まずさから、頭に集中していた血液が一気に引いていくのを感じた。
ゴホンと咳を一つ、冷静を心がけながら、目の前のリナリーとラビへと視線を向ける。
「すみません、つい興奮しちゃって・・・。でも、本当に酷いと思いませんか?」
「ん〜・・・まぁ確かに、いきなり大嫌いはちょっとなぁ〜」
ラビが、これまた苦笑いで賛同の意を表明する。
それに、隣に座るリナリーもゆっくりと頷いてくれた。
「でしょ!?いきなり早朝にやってきたと思ったら、挨拶もなしで嫌いだの一生近寄んなだの、一体お前は何様のつもりですかって感じですよね!
言われなくても神田が僕の事嫌いだって重々承知してますし、てか、僕だってあんな人大っ嫌いですし・・・あああ思いだしたらまたムカついてきた!」
今度は叫ばないように気を付けながら、でも力の限り苛立ちを体と音声で表現する。
一人でジタバタ小さく悶える僕を見て、リナリーとラビが顔を見合わせて笑うのが分かった。
僕がこんなに悶々しているというのに、何が楽しいのだろう?
人の苦しむ姿を見て喜ぶ趣味なんて、2人にはなかったと記憶しているのだけれど・・・。
「・・・何がそんなに楽しいんですか」
ブスッとした表情で2人を見返せば、ごめんごめんと笑って謝られた。
馬鹿にしている訳ではなさそうだが、どうも釈然としないのは何故だろう・・・。
もう一度クスクスと笑いあう2人は、僕に何か隠し事をしている様に見える。
不思議そうに2人を見つめていると、リナリーが不意に悪戯っ子のような瞳で僕を見返し、あのね、と一呼吸置いてから話し始めた。
「神田がそんな事を言いだしたのは、多分、私が神田に話した事が原因だと思うの」
「リナリーが話した事・・・?」
「そう。・・・あ、でも、別に神田をけしかけるつもりなんて全然なかったのよ?本当にちょっとした世間話のつもりだったんだけど・・・」
「???」
何の話をしたのか知らないが、どこをどうやれば世間話が嫌い宣言に繋がるのだろうか・・・。
チラリとラビを見てみると、その表情は事情を知っていると物語っていた。
その証拠に、「ユウらしいさ〜」とリナリーの話に賛同までしている。
どうせ全然関係ない話から連想ゲームの様にその話に繋げたに違いないと決め付けた僕は、神田の素晴らしい思考回路に思わず称賛を送ってしまった。
「一体何の話をしたんですか?」
全く話が読めないので、とりあえず浮かんだ疑問をそのまま口にしてみる。
「アレンくん、今日が何月何日か知ってる?」
「今日?えーっと・・・あ、そういえば今日から4月でしたね」
「そう。その話をしてたのよ」
「はぁ・・・」
月が変わったから心機一転、お前とはもう関わらねぇぜ!・・・って事だろうか。
やっぱり神田の思考回路はよく分からない。
釈然としない表情でいると、まだ分からないのか?とでも言う様に、今度はラビが口を開いた。
「問題です。今日は何の日でしょう?」
「今日・・・ですか?4月1日だから・・・・・・・・・!?」
2人が何を言いたいのか、思い当たる節はすぐに見つかった。
けれど、それはあの神田には絶対無縁だと思えるイベントで。
ましてや、それを意識してあのセリフを言ったとなると、絶対にありえないとしか言葉が出てこなくて。
だって、相手はあの神田ですよ!?
他の誰でもない神田ですよ!?
ありえないありえないありえないありえない。
しかし、そんな思いを否定するかのように、リナリーから追いうちの言葉がかけられた。
「私ね、その時、『今日だけは「大嫌い」って言うだけで告白できるんだから、ちょっと言ってみようかなって思えるわよね』、なんて言っちゃったのよ」
『大嫌い』・・・。
神田から聞かされた言葉も『大嫌い』・・・。
くらりと世界が揺れた気がした。
そんなはずがない。
そんなはずがないんだ。
だって相手は神田なのだから。
「嘘だぁ・・・」
項垂れるように呟いてみるが、それを肯定する言葉は聞こえてこない。
1秒毎にどんどん意識していくのが分かる。
みるみる顔に熱が集まってくるのを感じる。
エイプリルフール。
1年で唯一、嘘をついても良いとされている日。
『大嫌い』が『大好き』、になるんだとすると。
じゃあ、後半の言葉は・・・・・・
ガタン!
大きな音を立てて立ち上がる。
顔はあげれない。
赤くなってるのなんて、2人にはきっとバレバレなんだろう。
それを分かっているからこそ、尚更2人の顔を見る事が出来ない。
「すみません、先に失礼します」
馬鹿丁寧に2人に頭を下げ、全力で食堂から駈け出して行く。
後ろからまたクスクスと笑いあう2人の声が聞こえたが、気まずいので聞かなかった事にした。
とりあえず、会ったら一発殴ってやろう。
それから、半日もずっと悩ませてくれた事に対して、文句を言うんだ。
その後の事はまだ考えてないけど、多分、何とかなる・・・・・・はず。
高鳴る心臓を必死で抑えつつ、僕は大嫌いな彼の元へ走って行った。
FIN
仕事が忙しすぎて、もうどうにでもな〜れ☆・・・とか思って勢いで書いたエイプリルフール小説 。
(2011・4・7)