「誰かを救える破壊者になりたい・・・」

 

そうオレに呟いたその後ろ姿には、先日までの強さは全く垣間見えなくて。
子供の用に泣きじゃくる姿は、酷くか弱く見えた。

(本当はお前が一番救ってほしいんじゃねぇのか?)

あの時オレは、震える細い肩を見ながら、そんな事をぼんやり考えていた。

 

 

 

 救ってほしいのは 

 

 

 

真夜中午前2時。
ソイツは突然部屋にやってきた。

暗闇の中でも目立つ真っ白な外見に、細っこい体。
幾分か低い位置にある顔に視線を落とせば、えへ、といつものワザとらしい笑顔を向けてきた。
本心の見えない仮面の笑顔に内心イラつきながら、一先ず用件を聞いてみる。

「こんな夜中に何の用だ」

オレはお前に用は無いとばかりにぶっきら棒に言い放つ。
もちろん、開かれた扉はいつでも閉められるよう、ドアノブにしっかりと手を掛けたままだ。

「急に神田に会いたくなって」

これでもかという程ニッコリと作られた笑顔は、更にワザとらしさを増している。
普段からコイツのこの胡散臭い笑顔は、カッコいいやら可愛いやらと女共に言われているが、オレにとっては鳥肌が立つだけの気味悪いものでしかない。
作られた笑顔なんざ、何故好き好んで見たいと思えるのか。

眉間に皺を寄せ、無言で扉を閉めにかかると、慌てて隙間に足を挟まれる。

「わー!ちょっと待って下さい!冗談ですって!」
「くだらねぇ事言ってないでさっさと用件を言え」

今何時だと思ってるんだ、と文句も忘れずに付け足す。
途端、さっきまでの胡散臭い笑顔は消え、申し訳なさそうな笑顔が表へと出てきた。
この笑顔もまた、オレはあまり好きだと思えないのだが。

「えーっと・・・あの・・・ラビから怖い話を聞いてしまって、怖くて眠れなくて・・・」

おずおずと申し訳なさそうに、言いにくそうに呟かれた理由。

嘘だ、と直感的に感じた。

いつものモヤシなら、例えこれが本当でも、それを素直に言うはずがない。
普段から強がりの意地っ張りではあるが、その性格は細かい部分にまで見事に浸透しているらしく、モヤシはなかなか自分の『弱味』というものを見せたがらない。
それが例えほんの小さな事だとしても。

ましてや相手がオレなら尚の事。
オレとモヤシは普段からよく喧嘩をしている間柄だ。
こんな喧嘩した時にでも持ち出されそうな小さな弱味など、そうそう曝け出すはずがない。

自分の事以外では泣き虫なくせに、自分の事となると変に強がりな性格をしているのだ。
このアレン・ウォーカーという生物は。

 

しかし、コイツが見えない何かに怯えているというのは本当の事のようで。
俯かれた顔から表情は読み取れないが、キュッと握り締めた手が、その肩が、僅かに震えていた。

でも、それがどうした。
助けてやる義理もなければ、義務もない。

なのに・・・

 

「入るなら入れよ」

考えとは裏腹に、オレはモヤシを招き入れていた。

 

 

 

 

 

部屋に入ると、即座に今まで転がっていたベッドへと足を向ける。

「言っておくが、オレは寝るぞ」

別に特別眠いわけではないが、突然早朝から任務へと駆り出される事もある。
任務がないにしても、早朝からいつも通り鍛錬に向かうつもりでいる。
眠れるときに眠っておきたい、というのが本音だ。

すると、トコトコっと小走りに近寄ってきたモヤシは、オレが入るより前にスルリとベッドに潜り込んだ。

「・・・・・・おい」
「神田が寝るなら僕も寝ます」

しっかりとシーツを被り、寝る体勢万全で宣言してくるモヤシ。

ちょっと待て。
部屋に入れてやるとは言ったが、一緒に寝てやるとは言ってねぇ。

心の中で悪態を付くも、口からは出てこない。
いつもなら考えるより先に言葉が出るんだが・・・。
やはり寝起きでまだ頭が寝ぼけているのかもしれない。

こんな真夜中に喧嘩をするのも面倒だ。
文句の代わりに「勝手にしろ」とだけ言い、モヤシの隣へと潜り込んだ。

 

 

 

カチコチカチコチ。

静かな空間に時計の音だけが小さく響き渡る。

一度覚めてしまった脳みそはなかなか休んでくれず、眠れない時間を持て余す。
ふと隣を見ると、動きこそしないが、モヤシからもまだ起きている気配が感じ取れた。
壁側に向いている為、表情は見えないが、まだ肩が震えている。

 

・・・泣いているのだろうか?

 

 

 

カチコチカチコチ。

響く時計の音。

いまだ震えたままのモヤシ。

 

モヤシから視線がそらせない。
胸にザワザワした言いようのない感情が押し寄せてくる。
昔、何度も感じた感覚がオレの体を支配する。

忘れたいのに忘れられない記憶。
忘れたくないのに消えていく記憶。

消えない感情。
消えない感触。

血塗れの部屋。
澄み渡った空。

枯れた蓮畑。

キュウと心臓が締め付けられるような苦しさを感じ、オレは無理やり目を閉じた。

 

 

 

 

 

暗闇の中、シーツに包まり、ひたすら『何か』に怯える子供。

何かに縋る訳でもなく、ただ一人で。

 

本当は誰かに縋りたかった。

助けて欲しかった。

 

でも、出来なかった。

 

 

 

泣いているのはモヤシだろうか。

それとも・・・。

 

 

 

 

 

もう一度目を開くと、徐にモヤシの体を自分へと引き寄せる。

「え!?ちょっ・・・神田!?」

慌ててモヤシが振り返ろうとしたので、ついでに此方を向かせ、更に腕の中に閉じ込めた。
暴れられるかと思っていたが、案外大人しく捕まっているモヤシに、少しホッとする。
パニクって頭が現状をまだ飲み込めていないだけかもしれないが。

暴れられる前に、もう一度しっかりと抱き直し、目を閉じた。
腕の中の温もりに気持ちを集中する。

伝わってくる体温。
聞こえる小さな呼吸音。
ふわりと香るシャンプーの香り。

不思議と、息苦しさが消えていった。

 

「・・・神田・・・」

心地よいアルトの音が耳の奥をくすぐる。

「ごめん・・・少しだけ・・・」

そう告げると、モヤシはギュウとオレの背に腕を回し、縋るように胸に顔を埋めた。

先程、一瞬だけ見えた顔は決して泣いてなどいなかった。
泣いてはいけない、とでも考えていたのかもしれない。
人恋しくてやってきたくせに、最後までどこかで意地を張っているのがモヤシらしい。

「そのまま寝てろ」

お前の気が済むまでこうしててやるから。

 

もう一度腕に力を込めると、モヤシももう一度ギュウと腕に力を込めてきた。
混ざり合う体温と、重なる鼓動がとても心地よく感じる。

ふと聞こえた鼻をすする音に、チラリと盗み見てみれば、その顔はついにクシャリと涙で歪んでいた。
先程の綺麗で胡散臭い笑顔と比べ、どう考えても『カッコいい』とか『可愛い』などとは言えない顔。
人の温もりに安心を覚え、隠してあった弱さが現れた、本物の表情。

さっきの笑顔よりも、今の泣き顔の方がよっぽど好きだと思えるのは、オレが捻くれているからだろうか。

 

でも、出来る事なら・・・

 

(救ってやりてぇな・・・)

 

不器用なコイツを。

オレが本当に見たいのは、胡散臭い笑顔でも、こんな泣き顔でもないから。

 

 

あの時と同じ様に。
しかし今は、あの時よりももっと近い位置で。

震える細い肩を見ながら、そんな事をぼんやり考えていた。

 

 

 

 

 

本当に救ってほしいのは、オレなのかもしれないけど。

 

 

 

 FIN 

 

 


柚木様のお誕生日祝い作品です。
リクエストは『シリアス甘々な神アレ小説』でした。

シリアスは何となくクリアできた気がするのですが、こんな微糖になってしまうとは・・・。
お誕生日祝いだというのに、宵螢も神アレも切ない系の小説になってしまい、本当にすみません・・・orz
こんなものでよろしければ、是非貰ってやってください。

最後になりましたが、柚木様、お誕生日本当におめでとうございます(≧∇≦)

※柚木様のみお持ち帰り可能です。

(2011・2・20)

 

 

ばっく