※ コミック発売前につき、ネタばれ注意 ※

 

深い深い眠りの中で、いつも彼を思い描いていた。

 

 

 

 第200夜より妄想 

 

 

 

イノセンスを発動したと同時に流れ込んできた記憶。
僕が、今の僕になる前の、遠い記憶。

その記憶の中に、彼はいた。

名前どころか、顔もぼんやりとしか思い出せない。
唯一はっきりと覚えているのは、枯れた蓮畑で彼とかわしたあの約束。

 

─── 一面に咲き誇ってる所を、いつか2人で見る事ができたら・・・ ───

 

「ホントに?おじいさんとおばあさんになっちゃってもよ?」
そう言って笑う『わたし』を、彼は愛おしそうに見つめてくれた。
そんな彼が、『わたし』も心から愛おしかった。

 

 

 

─────けれど。

今の『わたし』は、第二使途『アルマ』として・・・男として生きている。

それだけではない。
僕はたくさんの人達を殺した。
大好きだった人ですら。

さらには、教団の奴等によって、身体にダークマターを埋め込まれてしまった。
もはや自分を、人と呼んでいいのかさえ分からない。

こんな風に変わり果ててしまった自分は、果たして彼に受け入れてもらえるのだろうか・・・。

 

 

しかし、それも今となってはもう関係のない事だ。
彼が生きているかどうかすら分からない。
もし仮に生きていたとしても、彼と再会などできるはずがない。

今の僕は、例え身体が生きていようとも、もう二度と目覚める事はないだろうから・・・。

 

 

 

 

 

そんなある日。

懐かしい夢を見た。
僕が今の僕になって、初めて出来た『友達』の夢。

僕の中のダークマターがノアの気配を感じ取っている。
ノアが僕に何か術をかけたんだろうか?
こんな過去を見せて一体どうするつもりなんだろう?
ダークマターがあれば、AKUMAとなって目覚める事が出来るかもしれない。
けれど、いくらこんな過去を思い出させたからといって、僕はもう起きるつもりはないというのに・・・。

しかし、僕の意思を無視して、夢は進んでいく。

 

 

「キミはね!「YU」ってゆーんだって!」

僕がユウに笑いかけている。
起きて間もない頃のユウは、何も分かってない分、本当に素直だったなぁ、なんて。

ユウは時が経つにつれて段々捻くれていって、僕とは喧嘩ばっかりで。
いくら笑顔で話しかけても、見向きもしてくれなかったっけ。

そして・・・あ、やっぱりあの時泣いてたんだ。
ユウは強がりだからなぁ。
で、それをからかった僕とまた喧嘩になって。
でも、これがあったから、ユウと僕は友達になれたんだよね。

それにしても、さっきからユウに見えてるこの人は誰だろう?
なんか知ってる気が・・・・・・・・・って、あれ?
なんでユウにしか見えてなかったはずのものが見えてるんだろう?

 

動かない身体に、緊張が走る。

 

もしかしてこれは、僕の記憶じゃなくてユウの記憶なんじゃ・・・?

 

そう気付いた瞬間だった。

 

 

 

次に映ったのは、ユウが昔見た夢。

ユウが、今のユウになる前の記憶。

 

この記憶は─────!!

 

 

 

 

 

 

あぁカミサマ。

 

 

これは、大切な人達まで殺して、狂気に心を許してしまった僕への罰なのですか?

 

 

まさか・・・ユウが、彼だったなんて・・・。

 

 

 

 

 

 

ユウが、

彼が、

『わたし』を探している。

『わたし』との約束を守る為にユウは僕を・・・。

 

僕の中の『わたし』が泣いている。

愛する彼を見つけた事。
姿は変われど、自分を覚えていてくれた事。
今もあの約束を守ろうとしてくれている事。

その事が、とにかく嬉しくて。

悔しくて。

悲しくて。

 

 

そして、ふとある考えに行き着いた。

ユウはきっと生きている限り、『わたし』をずっと探してくれる。
でも、もしも途中で『わたし』が僕だと知ってしまったら・・・?

『わたし』として受け入れてくれる?
『わたし』は無理でも、『僕』としてなら受け入れてくれる?

 

もし、そのどちらでもなかったら・・・?

 

ドクンと感じた高鳴りは、自分の心臓か、それともダークマターか。

ユウが全てを知ってしまってもなお、ユウの・・・彼の中に、自分の居場所はあるのだろうか。
考えれば考えるほどに、ドクドクと高鳴る感覚が早くなる。

彼の中から消えてしまうくらいならいっそ・・・!

 

 

身体が、ダークマターに蝕まれていくのを感じた。

 

 

 

 

久しぶりに見た現実の世界は、崩れ落ちた瓦礫の山。
穢れた僕が再びこの世に降り立つには、ピッタリの舞台だと思った。
今の僕に、綺麗な世界なんて似合わない。

 

目の前にいるのはずっと会いたかった人。

 

「ユウ…?」

 

『わたし』がずっと恋焦がれていた、『僕』の大切な友達。

 

「ユウのせいでぼくはAKUMAになっちゃった!!」

 

 

 

そんなの嘘だ。

 

ユウは悪くない。
悪いのは僕だ。
ユウに全てを知られる事が怖かった、臆病な僕が悪いんだ。

それでも・・・どうしても耐えられなかった。

彼が『わたし』から離れていく事が。
ユウが僕から離れていく事が。

 

この人だけは失いたくない。

 

 

 

「神田ッ!!」

誰?この子?
なんで僕達の邪魔をするの?

なんで、ノアなのにイノセンスを使ってるの?

 

・・・いや、そんな事はどうだっていい。
キミにとってユウは大切な友達なのかもしれない。
でも・・・お願いだから今は邪魔をしないで。

もう時間がないんだ。
ユウに全てを知られてしまう前に、なんとかしなきゃいけないんだ。
僕と『わたし』で・・・。

 

 

ユウが『モヤシ』と呼んだ少年が、ユウのイノセンスに貫かれる。

彼が何を言ってるのかは聞こえなかった。
しかし、ユウの僕を見る目が変わった事だけはすぐに分かった。

 

直後、『モヤシ』くんがノアとして覚醒し、僕達を凄い力で吹き飛ばす。
限界に来ていた僕の体は、岩に当たるとそれだけで悲鳴をあげた。

 

「アルマ!!」

 

・・・ユウはやっぱり優しいね。
こんなに戦った後なのに、まだ僕を心配してくれるなんて。

きっと僕の真意を汲み取ろうとしてるんだよね。
きっとあの子もそう言ってくれたんだよね。

 

 

でも・・・ごめん。

 

何も聞かないで。

 

何も知らないままでいて。

 

 

『モヤシ』くんの左目が、僕の魂を映しだす。

「アルマ・・・キミは・・・」
「言うなぁあぁっ」

 

 

何も知られたくない。

 

お願い・・・僕の居場所を奪わないで・・・。

 

だから・・・ユウ、一緒に死のう。

 

 

 

一緒に、死なせて・・・。

 

 

 

眩い光がユウと僕を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

意識が戻り、次に聞こえてきたのは、『モヤシ』くんの泣き声だった。

・・・まだ完全に死んでないのか。
流石教団のかけた術・・・しぶといなぁ。

でも、もうこれで終わる・・・。
これ以上生きる事は出来ないと、本能がそう感じとっている。

 

「なにも知らずこの9年間生きてきた神田は 神田の気持ちはどうなるだよぉッ!!」

ユウの気持ち・・・。
それが怖いから・・・言えなかったんだ・・・。

「ぼくが「あの人」だってわかったら・・・ユウはもう探してくれない・・・ あの日の約束・・・・・・ユウが「あの人」との約束に縛られてる限り・・・・・・彼はずっと「あの人」のものなの・・・ずーーーっとね・・・」

別にユウが「あの人」に縛られて欲しいわけじゃない。
でも・・・そうしなければ、僕の・・・『わたし』の居場所がなくなってしまうと思ったから・・・。

「どうしても・・・ この人だけは失いたくなかった・・・・・・っ!!」

 

僕は、自分の居場所を失う怖さを知っている。

9年前に僕が暴走したのは、自分の帰る場所を失くしたと思ったからだ。
こんな姿で、こんな曖昧な記憶で彼の元へなど帰れない。

僕の居場所を奪った教団が憎いと、心底思った。

そして、僕がイノセンスとのシンクロに成功してしまった事。
その事が知られれば、教団はますますセカンドを作りだす事に躍起になるだろう。
もう、僕達のような思いをする人を出してはいけない。

だから──────────

 

 

 

『モヤシ』くんが、僕の体を持ち上げ、ユウの所へと運んでくれようとしている。
この子は本当に優しい子なんだ。
いい友達が出来たんだね、ユウ。

しかし次の瞬間、僕の中のダークマターが暴走を始めた。
ボコボコと大きく肥大化し、僕を空へと連れていく。

 

こんな時でも、どこまでも青く済みきった青空。

 

・・・彼とあの約束をした時も、こんな綺麗な空だったっけ・・・。

 

最期に、もう一度だけ彼に触れたかったな・・・。

 

 

 

 

「アルマ!!」

 

?? ・・・ユウ?

どうしてユウの声が空から聞こえるんだろう?
僕はまた夢でも見てるんだろうか?

 

夢でもいい。

幻でもいい。

もう一度だけ、あの人の温度を感じさせて欲しい。

 

 

 

彼を求めて空へと伸ばした手は、宙を彷徨ったまま。

 

しかし、僕の体は、しっかりとユウに抱きしめられていた。

 

「一緒にここから逃げよう イノセンスも教団も無い場所へ 今度こそ一緒に・・・っ」

脳裏に蘇ったのは、いつの記憶だろう・・・。
僕の記憶だったのか。
『わたし』の記憶だったのか。
どちらともつかない、懐かしい、暖かい記憶。

 

「・・・あ・・・ 話・・・ 聞いてたのかよぉ・・・?」
「丸聞こえだバカ」

 

あぁ・・・僕は一体何を心配していたんだろう。

ユウを疑って。

彼を疑って。

何一つ確かめもせずに死のうとしていた。

僕はなんて愚かだったんだろう。

 

 

ごめんねユウ。

ごめんね・・・。

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

あの子が開いてくれたゲートを通り、辿りついたのは見知らぬ土地。
荒れ果てた廃墟の中、そこにいるのは紛れもなく僕とユウだけ。

「このまま見てて・・・・・・ イノセンスは使わないで・・・っ ぼくの魂がダークマターに潰されるまで・・・」

泣きじゃくる僕を、ユウが優しく抱きしめてくれる。
まるで、泣く子をあやすように。

大切な物を守るように・・・。

 

 

 

「ずっと見ててやる」

 

 

 

 

 

 

ねぇユウ。

今なら、僕達がこうして出会った理由が、少し分かる気がするよ。

 

僕がどうして君とあんなにも友達になりたいと願ったのか。

ユウがどうして僕がいる時に限ってあの人の幻覚を見ていたのか。

きっと、全ては『彼女』と『彼』が引き起こした奇跡だったんだと、そんな風に思うんだ。

 

 

 

 

じわじわと消えていく体温。

 

ゆっくりと、僕の、『わたし』の、居場所が遠ざかっていく。

 

 

 

 

ユウ、最期まで離さないでね。

 

最期までちゃんと見ててね。

 

僕が、泥に沈むまで。

 

 

 

 

それだけで僕は、誰よりも救われたと、そう思えるのです。

 

 

 

 FIN 

 

 


Dグレ第200夜を読んで、カッとなってやった。
反省はしたが、後悔はしていない。

(2010・11・16)

 

 

ばっく