8センチ 

 

 

 

黒の教団本部・資料室。
科学班で使う大量の資料が保管されている場所だが、基本的に使用するのが科学班の為、
そこかしこに色んな資料が点在し、床にばら撒かれているものまである。
中には妖しげなビンに入った薬なんかも置かれており、普段なら科学班以外、絶対に近寄らない場所だ。

その一角で、騒がしく片付けをする影が2つ。

「そもそもお前が喧嘩吹っかけてこなけりゃこんな事せずに済んだんだ」
「ちょっ・・・何言ってんですか!最初に喧嘩を吹っかけたのはそっちでしょう!」
「んだと!?テメェが挑発したんだろ!」
「神田ですー!」

教団きっての犬猿の仲と称される神田とアレンだ。

もちろんこの2人が仲良く片付けをしているはずもなく、早速喧嘩になっている。
最初は単なる言い合いだったのが、片づけをする手が段々荒々しいものに変化していく。
次に、軽く手が出て足が出て、最終的に殴り合いにまで発展。
二次被害として、今片付けたはずの資料がまたもや散らばっていく。

ドサリとひときわ分厚いファイルが落ちた音が響いた所で、2人は手を止めた。
自分達の周りの惨劇を見、同時にため息をつく。
片付けているはずなのに散らかしてしまっては意味がない。

そもそも2人が今こんな事をさせられているのは、まさに喧嘩の二次災害が原因なのだから。

 

 

 

事の発端は、昼食後にアレンが鍛錬でもしようと修行場へ向かった時に遡る。
そこに神田の姿があるのはいつもの事として。
今日はたまたま任務が入っていないエクソシストが多かった為か、リナリー、ラビ、ミランダの姿もそこにあった。

リナリーとラビはたまに顔を覗かせているものの、ミランダがここに来るとは珍しい。
聞くと、イノセンスの発動時間を延ばせるよう体力をつけたいと思い立ち、ここに来たのだとか。
頑張り屋のミランダらしい理由だ。
とはいえ、何をすればいいか分からず、たまたま居合わせたリナリーに相談していたらしい。
女性には女性の方がアドバイスしやすいと考慮したのか、ラビはその様子を傍観。
神田に至っては、我関せずとばかりに自分の鍛錬に集中している。

アレンはというと、ミランダはもうリナリーと簡単なトレーニングを始めているとの事だったので、
ラビ同様、邪魔にならないよう自分の鍛錬に専念する事にした。
ここまでは何事もなく平和だったのだ。

その後、アレンと神田が手合わせする事になるまでは。

 

アレンは退魔の剣、神田は六幻と、どちらも剣術使い。
手合わせする相手は自然とお互いになってしまうのは仕方ない。
しかし、負けず嫌いの2人が手合わせとなると、そう穏便に事が運ぶはずがない。
その証拠に、毎回手合わせする度にロクな事になっていないのだから。

そして、今回も例に漏れず。
負けず嫌いな2人は、ただ手合わせするだけでは生ぬるいと、余計な約束をしてしまった。

『負けた方がメイド服で食堂を1日お手伝い』

お互いに自分が負ける事は一切考慮せず、ただ相手を陥れる為だけに考え出した条件。
こんな条件をつけたのがそもそもの間違いだったと、後に2人は後悔する事になる。

 

最初から、お互いに絶対負けてなるものかと激しく競り合い。
そのうち、どちらからともなく相手を挑発しだし、本当の喧嘩になり・・・と、これはいつもの事。

そんな中、事件は起こった。

どちらが弾いたかは、神田もアレンも覚えていない。
とにかく、2人が使っていたはずの竹刀が弾かれ、あさっての方向へ飛んでいった。
竹刀は、リナリーとミランダの間をすり抜け、衝撃音を立てて壁に激突。
床にポトリと落ちたそれは、ポッキリと折れてしまっていた。

それを、偶然通りかかったコムイに見られていたのが運の尽き。

「万一可愛い可愛いリナリーに当たってたらどうしてたんだ!」

般若と化したコムイから、ご尤もなお説教を延々1時間ほど正座で聞かされた挙句、
罰として2人で資料室の整理を言い渡されたのだ。
当のリナリーは、当たらなかったんだからと宥めてくれていたのだが、
2人の喧嘩の被害者はリナリーだけではないからと、結局コムイが押し切る形になった。

 

 

 

自業自得な話ではあるが、一緒にいる相手が相手、片付ける場所も場所だ。
2人共、喧嘩をしないように・・・とは思うのだが、口を開けばきっと文句しか出てこない。
子供じみていると分かっていても、神田もアレンも、お互いに対してだけはどうも大人な態度ができないのだ。
結局会話のないまま、2人は黙々と作業を続けた。

 

「もっと仲良く出来ないの?」

コムイから言われた言葉を思い出し、アレンはまた小さくため息を落とした。

仲良くできるものならば、とっくにやっている。
神田はともかく、アレンは誰とでも仲良くなるのが得意な方だ。
苦手な人間はいても、それなりに上手くやってきた。

しかし、彼だけはダメなのだ。

アレンがどんなに笑顔で接しようとも、仏頂面でかわされる。
どんなに普通に話しかけようとも、良い返事はあまり返ってこない。
戦闘中こそ結構気の合うコンビネーションをみせたりもするが、それ以外は全く気が合わない。

ここへ入団した当初は、今は上手く行かずとも、そのうち上手くやれると思っていた。
何度か任務をこなし、それなりに相手の事も分かってきた。

・・・・・・気がしていた。
でも、2人の関係は一向に平行線のままだった。

ラビやリナリーを始めとするたまに会話している人達は皆、上手くやっているように見える。
ファインダー達には恐れられているが、皆アレンほど刺々しい態度を受けてはいない。
その事が、アレンのイライラを更に増幅させていた。

 

そこまで考えた所で、アレンは自分の考えを払拭するかのように頭を振る。
こんな事を考えていても神田との仲が良くなるわけではない。
それよりも今は、この部屋を何とかしなければ。
作業を開始してからかなり時間は経ったが、まだ3分の1ほどしか終わっていないのだから。

 

 

作業を再開して10分程経った頃。

薬品を持ち上げたアレンの手がピタリと止まった。
見上げる先は、高い棚の上から2段目。
背伸びをして何とか入れようとするのだが、悲しいかな数センチ足りていない。
こういう時に限って、ジャンプで放り入れるにはちょっと・・・な物だったりするのが嫌なところだ。

仕方ない、踏み台を使うかと辺りを見渡すも、それらしき物が見当たらない。
169センチのアレンですら棚の上から2段目に届かないのだから、必ず踏み台はあるはずだ。

・・・とキョロキョロする事数秒。
踏み台はあっさりと見つかった。
資料&妖しげな薬品が、上にどっさりと積んである状態で。
オマケに、そこへ辿り着くまでの道も資料で塞がっている。

だからここの片付けは嫌だったんだ・・・。
ガックリと項垂れてから、もう一度棚を見上げる。
あと数センチ身長が高ければ届くであろう距離。
そして、近くには自分より8センチ程身長の高い男が一人。
この8センチの差は、小さいようで大きい。

よし、棚の方は神田に任せ、その間に踏み台を発掘しよう。

「神田ー」
「あ?」
「これ、あそこに乗せておいてください」

ピッと上を指差し、ズイッと神田の前に薬品を突き出す。
そこまで見事にやってのけてから、アレンはようやく「しまった」と思った。

今頼んだ相手はあの神田なのだ。
嫌味が出ないはずがない。

「チビモヤシ」

ちゃんと薬品を受け取り、片付けてくれはしたのだが、案の定一言多い。
アレンは、ピキッと血管が浮き出るのを感じた。

「チビは分かりますけど、モヤシは余計です。この脳みそ筋肉野郎」

今度は神田の血管が浮き出る番だ。

「何いってやがんだ。モヤシだから身長伸びなかったんだろ、チビモヤシ」

ピキッ。

「いつもいつもモヤシって言いますけど、神田だってモヤシじゃないですか」

ピキッ。

「俺は筋肉で引き締まってんだよ。テメェみたいなヒョロッヒョロと一緒にすんな」

プツン。

アレンの中の何かが切れた。

「もーあったまきた!人がしおらしくお願いしただけなのに何で嫌味言うんですか!」
「しおらしくだぁ?寝言は寝て言いやがれ!ほぼ命令だったじゃねぇか!」
「どこが命令ですか!「乗せてください」って言っただけじゃないですか!」
「自分の発言にはもっと責任を持て。「乗せておいてください」だアホ!」
「どっちでも同じじゃないですか!」
「ニュアンスが違うだろニュアンスが!」

一気にまくし立てながら、どんどんヒートアップしていく2人。
ここまでくるともう口だけじゃ収まらない。
結局また近くにあるものが散らばり、元の木阿弥だ。

 

そうこうしてるうちに、ふと、ぐらぐら揺れる瓶が神田の目に留まった。
さっき飛んでいった本が当たった拍子にバランスを崩したのだろう。
元々置いてある場所が棚の淵ギリギリだったというのも相まって、かなり危険な状況にある。
場所を移動するか、喧嘩を止めるかした方が良さそうだ。

神田がそう考えていた次の瞬間だった。

瓶に気づいていないアレンが思いっきり振りかぶった拍子に、腕が棚に当たってしまった。
かろうじて保っていたバランスを崩され、瓶は真っ逆さまにアレンへと落ちてくる。
空瓶や酒瓶ならば問題ないが、今落ちているのは科学班お手製の妖しげな薬品だ。
被ってしまったが最後、どうなるか分からない。

 

「モヤシ!!」

 

名前を呼び、思いっきりアレンの腕を引っぱる。
突然身体を襲った重力に逆らえず、アレンはすんなりと神田へ引き寄せられた。

 

 

ガシャン!

響き渡る瓶の割れる音。

 

ボンッ!

続いて巻き起こる謎の小爆発。

 

 

モクモクと立ち上る煙に咽ながら、神田はやはり被らなくて良かったと一安心する。
大きな爆発ではなかったが、まともに食らっていたらタダではすまなかっただろう。

 

一方、引き寄せられたアレンはというと、神田の腕の中で思わず硬直していた。

見た目以上に筋肉の付いた身体。
逞しい腕。
暖かい温もり。

神田の匂いに包まれながら、アレンの鼓動がバクバクとスピードを上げていく。

何よりも、神田のした行動。
こんな事・・・と言っては、小爆発があったのだから相応しくないかもしれないが、
しかし、物の大きさから言うなれば、上からちょっと物が落ちてきたくらいの事だ。

なのに、あの神田が。
普段はあれほど冷たく、喧嘩ばかりの神田が。
あろう事か、普段は目の敵にしているアレンを咄嗟に引き寄せ、オマケに爆発から庇うように抱きしめたのだ。
アレンにしたら、驚くなという方が無理な話だ。

 

暖かな温もりに包まれながら、アレンはボンヤリと考える。

初めての任務。
マテールへ行った時、散々文句を言いながらもAKUMAの攻撃から庇ってくれた。

方舟での戦い。
冷たい事を言いながらも、自分の身を呈して皆を逃がそうとしてくれた。

それだけではない。
剣の修行に付き合ってくれると言い出したのは神田からだった。
辛い時、何も言わずに傍にいてくれた事もあった。

普段はめったに優しさを見せない彼が、たまに見せてくれる優しさ。

神田が優しい事なんて、本当は当の昔から知っている。

そして、その優しさに自分が惹かれていた事も、もしかしたら前から気づいていたのかもしれない。

 

 

不意に神田の顔が見たくなって、チラリと顔を上げる。
予想よりずっと近くに神田の顔があり、アレンはドキリとした。
8センチ差というのは、小さいようで大きいと思っていたが、大きいようでやはり小さかったようだ。
視線に気づいた神田が少し下を向けば、2人の距離は更に近づいた。

 

視線と視線がぶつかり合う。

普段ならば、睨み合う以外では絶対にありえない距離。

 

普段とは違う、少し緊張した視線。
赤みが差した頬。

今度は神田が、自分の鼓動が高鳴っていくのを感じていた。

 

初めて会った時から気に入らないと思っていた相手。
甘ったれた持論。
くだらない理想。
何もかもが自分とは正反対で、見ているだけでイライラした。

嫌いだから、気になった。
ムカツクから、放っておけなかった。
顔を合わせる度に喧嘩になるのだから、相手だってそうなんだろうと思う。

実力は認めるが、精神的には脆く危ういただのガキ。
いつか自滅しないとも言えないが、俺には関係ない。

そう思っていたはずなのに。

いつから、傍にいたいと考えるようになったのだろう。

 

 

どちらのものかもはや判断できない鼓動が2人の耳に響いてくる。
いまだ離れない視線。

吸い込まれそうな瞳の奥に、自分の姿が映っている。

相手の目に、ただ自分だけが。

まるで相手が自分しか目に入っていないのではないかと錯覚するような情景。

 

 

 

 

 

引き寄せられる。

 

 

 

 

 

8センチ。

小さいようで大きい。
大きいようで小さい。
だけど、やはりちょっと遠い距離。

 

7センチ。

少し顔を上げただけ。
少し顔を下げただけ。
それだけでもう縮まる距離。

 

6センチ。

もっと近づきたい。

 

5センチ。

もっと、もっと近くへ。

 

4センチ。

重力に逆らって背伸びして。

 

3センチ。

重力に従って頭を下げて。

 

2センチ。

瞳にはもう、相手の顔しか映らない。

 

1センチ。

お互いの吐息が伝わって、そして─────

 

 

 

 

 

ガチャ。

突如響いたドアノブを回す音に、2人の体が揺れる。

「おーい2人共ー、片付け進んでるー?」

聞こえてきたのは、2人をここへ押し込んだ張本人の声。
足音が近づく前にパッと離れ、急いで呼吸を整える。
顔が赤くなってないかという事だけが心配だが、それくらいなら何とか誤魔化せるだろう。

「あ、いたいた・・・って、何これ!?なんでここだけ凄い事になってるの!?」
「瓶が落ちて爆発した」
「えー!瓶なんだから、そもそも落とさないように気をつけなきゃダメじゃないか2人共!」
「お前らがここに変な薬置くのが悪いんだろ!」
「そうですよ!危うく被る所だったんですからね!」

ギャンギャンと抗議する2人に、ごめんごめんと笑って謝るコムイ。

「冗談はさておき、2人が無事でよかったよ。・・・と、それより、ここの片づけはもういいよ」
「・・・え?まだ全部終わってませんけど・・・」
「任務か?」
「流石神田くん、察しがいいね。今回は神田くんとアレンくん、2人で行ってもらうよ」

2人でという言葉に、一瞬ピクリと反応を示す。
コムイの登場で一瞬落ち着いたはずの心臓が、再びドクンと高鳴るのを2人は感じていた。

「とりあえず、ここはこれでお終いにして。団服着て僕の部屋に集合ね」

コムイの合図で資料室を後にし、自室へと向かう神田とアレン。

 

 

 

何も伝えられないまま縮まった2人の距離。

埋められなかった1センチ。

もしかしたら、今回の任務でその距離が埋まるかもしれない。

 

 

少しの期待を胸に、2人はそれぞれ団服を手に取った。

 

 

 

 FIN 

 

 


ブログの方でリンクさせていただいてる久瀬れたす様のお誕生日祝い作品です。
リクエストは『キュンキュンする神アレ小説』でした。
かなり遅くなってしまい、本当に申し訳ありません(><)

一体どんなシチュエーションが言いだろうと悩んだ結果、とりあえず自分基準の『キュンキュンシチュ』にしてみました。
仲悪くて喧嘩ばっかだけど、実はこっそりお互いが好きで、でも相手は自分を嫌ってると思ってて・・・みたいなもどかしい感じ。
・・・ややこしいですね(笑)

あと、個人的に2人の身長差が萌えだったので、身長差もピックアップしてみました。
こんなんでキュンキュンしていただけるかとっても不安ですが、
よろしければ貰ってやってくださいm(__)m
この度はリクエスト頂き、本当にありがとうございました☆

最後になりましたが、久瀬れたす様、お誕生日本当におめでとうございます(≧∇≦)

※久瀬れたす様のみお持ち帰り可能です。

(2010・10・17)

 

 

ばっく