神田誕生日祝い2010 

 

 

 

「おかえりなさい」

 

モヤシはそう言って笑った。

 

いつも喧嘩ばかりしている間柄だ。
顔を合わせない方が余計な喧嘩をしないで済むに決まってる。

なのに、モヤシがいる時に俺が任務から帰ってくると、モヤシは必ず「おかえり」と言いに来る。
正直ウザい。

 

「・・・・・・」
「おかえりなさい、神田」

黙っているともう一度、先程より少し大きめの声で言われた。
聞こえなかったとでも思ったのか?
あいにくここは声の反響しやすい廊下で、周りには俺達以外誰もいない。
小さな音でも響いてしまうのだから、聞こえないはずがない。
ワザと無視してるに決まってんだろ。

答えるのも面倒だったので、更に無視を決め込み、そのまま歩き出す。

「ちょっ・・・無視ですか!」

文句を言いながらも、何故か後を追ってくるモヤシ。

「・・・・・・」
「かーんーだー」
「・・・・・・」
「ちょっとくらい話してくれたっていいじゃないですか」
「・・・・・・」
「・・・・・・バ神田・・・・・・(ボソッ)」
「あぁ!?」

聞き捨てならない言葉に、思わず声をあげて振り返る。
しまった、と思った時にはすでに遅く。

「やっぱり聞こえてるんじゃないですか」

追いついたモヤシが、してやったりという顔で俺を覗きこんできた。
その顔がまた妙にカチンとくる。

「無視してんだよ!それくらい分かんだろ!」
「分かってて話しかけてんですよ。それくらい分かんないんですか?」
「分かってんなら話しかけんじゃねぇ!」

ほら見ろ。
結局また喧嘩になってんじゃねぇか。

俺はコイツとも他の奴等とも慣れ合う気はない。
モヤシだってそれくらい分かってるはずだ。
そもそもコイツだって、普段から俺とは気が合わないだのムカツクだの散々言ってるじゃねぇか。
それなのに何で構ってくるんだよ。

 

 

 

不意に、モヤシとアイツが被って見える。

付いてくるなと何度言っても、いつも俺の後を付いてきたアイツ。
いつもヘラヘラ笑ってて、周りの大人達とも上手く付き合ってて。
俺を助ける為だけに自分の身すら犠牲にしようとしたバカな奴。

俺のたった一人の─────

 

 

 

「別にちょっと話すくらいいいじゃないですか!」
「ウゼェ奴だな!つーか、いっつも待ち伏せしやがって!何か用でもあんのかよ!」

ただでさえこっちは任務帰りで疲れてんだ。
これ以上疲れさせんなという思いも込めて、キッと睨みつけてやる。

「用・・・っていうか・・・その・・・」

途端、何故か口ごもるモヤシ。
さっきまでこっちをしっかり見据えていた目は、キョロキョロと挙動不審に動かされている。
なんだ?
俺が何か変な事でも言ったか?

・・・いや、言ってねぇ。
俺が睨んだくらいで怯む相手でもないはずだ。
訳分かんねぇ。

「・・・何だ?」

拍子抜けして、とりあえず普通に尋ねてみる。

「・・・・・・」

口に手を当て考えてますポーズのまま動かないモヤシ。
人に話しかけといて今度はお前が無視かよ、ともう一度カチンとくる。
話しろとさっき俺に言ったのはどこのどいつだ。

 

何と言ってやろうかと考えていると、ポツリ、モヤシの声が聞こえた。

「・・・怪我は、大丈夫なんですか?」
「あぁ?」
「コムイさんから、神田が酷い怪我したって聞いたから・・・」

何を言ってるんだコイツは?
俺が怪我をした事が今どう関係あるんだ。

「まさか心配でワザワザ見に来た、なんて言うんじゃねぇだろうな」
「バッ・・・!違っ・・・!」

慌てて否定しようと、モヤシは胸の前で手を振って見せる。
しかし、すぐさまその答えに対する否定を口にした。

「う〜〜〜!・・・違・・・い、ません」

目を丸くするとはまさにこの事だろう。

今コイツは何と言った?
心配?モヤシが?俺を?
ありえない。

「はぁ?何でテメェに心配されなきゃいけねぇんだよ」

呆れたように返してやると、さっきとは逆に、アイツにキッと睨みつけられた。

「心配して何が悪いんですか!」

その剣幕に、思わず1歩後ずさりする。

「僕は神田みたいに強くないから、教団の仲間が怪我をしたと聞くとやっぱり心配だし、気になってしまうんです。
 それが例え、神田でも・・・」

少しむくれた様な、それでいて泣きそうな表情でモヤシが言葉を続ける。

「神田はいつも無茶な戦い方して大怪我ばっかりするから余計心配で・・・。
 神田は怪我がすぐに直る体質だってのは分かってるんです。
 でも・・・だからこそ心配なんですよ。
 君はきっと辛くても何も言わないだろうから、本当は苦しんでるんじゃないかって」

「余計なお世話だとも分かってるんですけどね」そう言って、モヤシは少し困ったように笑う。

本当に余計なお世話だ、と思ったが、何となく言えなかった。
何か言おうと思ったが、何と言えばいいか分からなかった。

 

俺が黙っていると、モヤシは更に話をし始めた。

「僕は神田が大嫌いです」

突然の嫌い宣言に、今度は違う意味で言葉が出てこない。
今更コイツに嫌われた所でどうってことはないが、今この宣言をするのはおかしいだろ。
人を心配してワザワザ待ち伏せしてたヤツが言うな。

「・・・でも、一応『仲間』なんですから、心配くらいしたっていいでしょう?」

もう一度困ったように笑うモヤシを見て、小さく舌打ちする。

「テメェの方がいつも無茶してんじゃねーか。人に言う前に自分の心配してろバカモヤシ」

そんな言葉が返ってくるとは思ってなかったのだろう。
モヤシはキョトンと目を丸くさせている。

それを無視して、クルリと踵を返し、再び歩き始める。
すると、慌てて後を追ってくる足音が聞こえた。

「神田!」
「・・・・・・」
「ねぇ神田ってば!今もしかして、僕の心配してくれたんですか?」
「してねぇ。自惚れんな」
「だって今・・・」
「してねぇっつってんだろ。てか付いてくんな」

少しスピードを速めてやると、後ろの足音も少し速くなる。
どこまで付いて来る気だよテメェは。

「神田、怪我は大丈夫なんですか?」

駆け足で横に並び、少し覗きこむようにモヤシが尋ねる。
もしかして、俺が答えるまで付いてくるつもりだろうか?
それだけは勘弁してほしい。

仕方なく質問の答えを返してやる。

「・・・あぁ」
「ホントに?我慢してません?」
「全部治った」
「・・・そっか」

安心したような声。
さっき大嫌い宣言をした奴とは到底思えない。

そして、もう一度あの言葉を口にする。

 

 

 

「神田、おかえりなさい」

 

 

 

モヤシの声が、静かな廊下に心地よく響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルマを殺したあの日、俺は決めたんだ。

 

『あの人』の為に生きると。

『あの人』にもう一度会う為に。

『あの人』の元へ帰る為に。

 

 

俺は、俺の帰る場所を探す為に生きる事を選んだ。

 

『あの人』からの『おかえり』という言葉を、俺はずっと待っている。

 

お前なんかじゃない。

 

 

 

そう思ってるはずなのに。

 

 

 

 

 

『ただいま』

 

 

 

 

 

なんて、言いかけちまったじゃねぇか。

 

 

 

 FIN 

 

 


2010年 神田誕生日祝い小説。

(2010・6・6)

 

 

ばっく