認めたくないこの想いは
アレン・ウォーカー。
通称モヤシ。
アイツは教団内・・・いや、世界中で一番気の合わない相手だ。
考え方は正反対。
顔を合わせる度に喧嘩。
任務に行っても、小さい事でいちいち意見がぶつかり合う。
ハッキリ言って、出来る事なら顔を合わせたくない。
────なのに。
無意識のうちに、箸を持つ手に力が入る。
目の前に置かれた蕎麦はすでに伸びている事だろう。
寒くも暑くもない今日に限って、温かい蕎麦を選んでしまった事が悔やまれる。
しかし、その事実に気付いてもなお、俺の手が蕎麦に手が伸びる事はない。
チッ、と小さく舌打ちをし、箸を置く。
テーブルに肘をつき、完璧に悩む事前提の体勢だ。
まずは、落ちついて最初から考えなおしてみる。
そもそも、何故俺がこんなにもモヤシの事なんかで悩まなければいけないのか。
全ての原因は、アイツが俺の夢に出てきた事にある。
ただ出てきただけなら、まだいい。
いつも通り喧嘩していたのなら、むしろ本望だ。
しかし、現実は違っていた。
夢の中のモヤシは、俺に笑いかけていて。
それはいつもの様な嫌味なものではなく、とても純粋なもので。
その笑顔を見た俺は無意識にアイツを─────
ダンッと食堂に大きな音が響く。
周りで食事していた奴らが注目しているが、俺にとってはそれどころではない。
夢を見たのはほんの数時間前の話だ。
ちょっと鍛練してきたくらいの時間で、そうそう記憶が薄れる事はない。
それが、衝撃的な夢だったのならなおさら。
その為、思わずハッキリとモヤシの笑顔を思い出してしまった。
恐らく赤くなっているであろう顔を隠すため、とりあえず下を向く。
続いて、そんなはずはないと何度も自分に言い聞かせる。
絶対にありえないはずだ。
こんな動機を抱く相手は、アイツであるはずがない。
アイツで良い訳がない。
例えばこれがリナリーやミランダだったら。
いや、エクソシストである必要はない。
もっといえば、教団内の人間である必要もない。
極端な話、ノアだっていい。
とにかく他の人間であればいいんだ。
この際、例えそれが男であろうとも。
何でよりによって相手がアイツなのか。
その類の感情からは一番遠い位置にいたはずなのに。
「・・・」
いや、夢に出てきたからといってそうだと決めつけるのはまだ早い。
夢など、所詮はただの夢なのだから。
「・・・だ」
夢には自分の願望が現れると聞く。
しかし逆に、自分の望まないものが出てくる事もあるという。
それは時として、自分の欲求とは正反対のもの。
一番最悪の出来事を保険として予想しておくというあの感情によく似ている。
「・・・んだ」
即ち、あの夢は単なる間違いであり、俺が一番望んでないものが現れたに違いない。
きっとそうだ。
てか、それ以外にあんな夢を見る理由なんかねぇ。
「神田!」
答えが出たと同時に、自分を呼ぶ大声に気づいた。
顔を上げると、そこには今一番見たくなかった顔。
「もう!ずっと呼んでたんですよ?」
「・・・モヤシ・・・?」
「アレンですってば」
ぷぅと頬を膨らませて睨んでくる。
その仕草が、何とも・・・こう・・・・・・。
不意に浮かんできたその思いは、あまりにも自分らしからぬ物で。
その考えを振り払うように頭を左右に振る。
平常心。
平常心だ。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
「神田?」
こっちの気もお構いなしに、モヤシが俺を覗き込んできた。
大きな瞳が俺の顔を捉える。
何でコイツは男のくせにこんなに目がデケェんだよ。
「何でもねぇ。それより、何の用だ?」
ふいと視線を逸らし、用件を促す。
相手の顔さえ見なければ大丈夫なはずだ。
「あ、そうそう!コムイさんからこれ預かってきたんですよ」
言いながら、黒い冊子を差し出す。
どうやら次の任務が入ったらしい。
・・・しかし、これをコイツが持ってくるという事は・・・。
「まさか次の任務・・・」
「僕だって神田となんて全力で拒否りたいです」
拒否る前に拒否られ、多少ムッとしたものの、それどころではない。
怒りよりも今はショックの方が大きい。
なるべくコイツと関わりたくないと思ってる時に限ってこれだ。
机に突っ伏しそうになるのを何とか堪え、冊子を受け取る。
「・・・出発は?」
「今日の午後、昼一番だそうです」
それだけ聞くと、目の前にある食べかけの蕎麦を持ち、ガタンと立ち上がる。
ジェリーには悪いが、伸びきった蕎麦を今更食う気にはなれない。
目の前に問題の相手がいる今は特に。
「あれ?今日は大人しいんですね」
拍子抜けだとでも言う様に目を丸くするモヤシを無視してスタスタと歩いていく。
とにかく今は、とっととコイツと離れて心を落ちつけたい。
先ほどよりかなり落ち着いたものの、俺の心臓はいまだにバクバクと高鳴っている。
しかし、そんな俺の考えも露知らず、モヤシは俺の後を付いてくる。
まだ何か用があるのかと振り返り─────────硬直した。
「神田と任務なんて、久しぶりですよね」
そう言って笑ったモヤシの顔は、まさに夢の中のあの笑顔で。
しかもその笑顔は、俺と任務に行く事が理由で。
その顔を見た途端、少し落ち着いたはずの心臓が再びドクンと高鳴った。
もちろんモヤシの顔なんて直視できるはずがない。
思わず顔を背け、手で口元を覆ってしまう。
「? 神・・・」
「アレーン」
モヤシが何か言おうとした所で、それを遮るようにモヤシを呼ぶ声。
食堂の入口付近でブンブンと手を振っているのはラビだ。
「あ、ラビが呼んでるんで行きますね。それじゃ神田、また後で」
今行きますと言いながら、入口の方へと駆けていくモヤシ。
俺にとっての不穏因子が去っていく。
これで良かったはず。
本来ならばここで安心するべき所だ。
なのに、俺よりラビを優先するのかよ、なんて思ってしまうのは。
俺はもしかしてアイツの事を・・・。
認めたくなくて、俺はもう一度小さく舌打ちをした。
FIN
2009年 神田誕生日祝い小説。
(2009・6・6)