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※ コミック発売前につき、ネタばれ注意 ※
第178夜より妄想
「すまない・・・」
そう言ってコムイは深々と頭を下げた。
同時に、包帯の巻かれたマリの右手を見つめ、何かに耐える様に唇を噛み締める。
自分が送り出したばかりに・・・、とエクソシスト達が傷つく度自分を責めるのはもはや彼の癖だ。
例えその怪我が単なる不注意であったとしても、そこへ送り出したのは自分だと彼は言う。
そして、命令を下すだけで戦う力がないのだから、せめて苦しみだけでも共に背負わせてくれ、と。
マリはそんなコムイの思いを汲み、一言だけ礼を言うと、室長室を後にした。
廊下へ出ると、3つの心音がマリの耳に入る。
新しいヘッドホンはすこぶる好調のようだ。
「アレンにリンク・・・と、神田か?珍しいな。お前らが一緒にいるなんて」
茶化すように話しかけるが、彼らがここにいる理由はすでに分かっている。
アレンはあの性格だ。マリの指の事を心配して待っていたに違いない。
リンクも表向きはアレンの監査の為だろうが、彼もまたマリを心配していた一人だ。
そして、一番この場に似つかわしくないであろう、弟弟子の神田。
冷酷だの人でなしだの言われているが、彼が本当は優しいという事をマリは知っている。
今回だって、ヘッドホンを壊され、指を失ったマリをずっとフォローしてくれていたのは彼だ。
ホームへ帰ってきた今も、マリが何か不便していないかと待っていてくれたのだ。
とはいえ、神田はあの性格だ。自分からは言い出さないだろう。
アレンもアレンで、一体どう話しかければいいかと迷い、言いよどんでいる。
いつもなら、「一緒にいたのではなく、偶然だ」と大いに主張してきそうな所だが、どうやら二人共その抗議の言葉すら出てこないらしい。
不穏な空気を見かねたリンクが小さくため息をついた。
「彼らがどうしてもアナタと離れたくないと駄々をこねたんです」
リンクがサラリと言ってのけた嘘に、マリは堪えきれず噴き出した。
思わず想像してしまった駄々をこねるアレンと神田というのは、なかなかシュールな絵だった。
マリが笑っている横では、アレンと神田が駄々などこねていないと盛大に抗議している。
「マリも笑いすぎ!」
いつまでも笑いの止まらないマリに、アレンの抗議の目が向けられる。
「悪い、アレン。つい可笑しくてな」
いつまでも笑っていては失礼だと、マリはまだ完全に収まりきらない笑いを何とか飲み込んだ。
次に、一つ深呼吸をして、柔らかい笑みを作る。
「ありがとう。私なら大丈夫だ。お前達もいるしな」
一瞬の間の後、神田がくるりと踵を返す。
「行くぞ、モヤシ」
「は?何で僕まで・・・」
「うるせぇ。いいから来い」
ぐいっとアレンの腕を掴むと、どんどん歩いていく。
それを見たリンクは、マリに一礼すると急いで二人の後を追った。
こういう事には勘の鋭い神田だ。
これ以上マリに付きまとっていても、マリに余計な気遣いをさせてしまうだけだと分かったのだろう。
そして、今は自分達が付いているより、そっとしておいた方がいい事も。
アレだけ目の敵にしているアレンまで連れて行った辺りに、神田なりの気遣いが見て取れる。
それに伴う言葉が足りないのがやや難点ではあるが。
彼らしい不器用なやり方に、マリはもう一度小さく笑った。
婦長の待つ病室へ向かうべく長い廊下を歩いていると、聞きなれた心音が4つマリに駆け寄ってきた。
リナリー、ラビ、クロウリー、ミランダの4人だ。
最初に口を開いたのはリナリーだった。
「兄さんから聞いたの。手・・・大丈夫・・・?」
心音からリナリーの不安がマリに伝わってくる。
安心させるよう微笑みながら「大丈夫だ」と反芻した。
「痛むようなら・・・無理しない方がいいさ?」
痛みを心配してくれたラビには「ありがとう」と言って笑顔を返す。
もちろん、その裏に込められた『心の痛み』という意味もちゃんと受け取って。
「温和だと思っていたが、結構無茶をする奴だったのだな」
意外だったというクロウリーには、「それはお互い様だろ?」と悪戯っぽく微笑んで見せる。
クロウリーのあのギャップにはマリだって随分驚かされたのだ。
皆の温かい言葉が、マリの心にじんわりと響く。
最初は心配させないようにと作っていた笑顔も、段々自然なものに変わっていった。
任務明けで疲れている事もあり、そろそろ切り上げようとした所で、マリは唐突に違和感を感じた。
何だろうと思うと同時に、その違和感の正体に行き着いた。
今、自分の周りにいるのは4人。
しかし、先ほどから聞こえてくる声は3種類。
残りの1人であるミランダが、ここへ来てから一言も声を発していないのだ。
優しい彼女は、誰かが怪我をすればいつも真っ先に声を掛けていた。
声を掛けていた、というよりは取り乱して叫んでいたと言った方が正しいかもしれないが。
彼女は「うるさくてごめんなさい」と謝っていたが、自分の事のように取り乱してくれる彼女の存在に感謝している人も多い。
そんなミランダが、怪我──それも指を失うという大怪我だ──をしたマリに声を掛けてこない。
ここにいるという事は心配して来てくれたのだろうし、彼女から伝わる空気もマリへの気遣いが伺える。
しかし、当のミランダは、未だ輪の外からじっとマリを見つめるだけ。
見えてないとはいえ、その存在に気付かないフリをするのも何か気まずいものがある。
また、折角来てくれたのに、3人にはお礼を言いミランダだけ無視なんて事、マリには出来ない。
「ミランダもありがとう」
ミランダの方へと顔を向け、簡単にではあるが感謝の言葉を口にする。
瞬間、ミランダの心音が一際大きく弾み、ドクドクと波打つスピードをあげた。
「ミランダ?」
急に乱れ始めた心音に、マリが声をかける。
ミランダから言葉の返答はなかったが、代わりに鼻をすする音が返ってきた。
急に泣き出したミランダに、マリも激しく動揺する。
その様子を見ていたリナリー、ラビ、クロウリーの3人は、互いに顔を見合わせ微笑み合う。
「マリ。私たち、コムイ兄さんに呼ばれてるからそろそろ行くわ。ミランダの事、よろしくね」
先ほどとは違い、少し元気を取り戻したリナリーがそう言って笑ってみせる。
リナリーが1歩踏み出したのを合図に、ラビとクロウリーも「お大事に」とだけ言って去っていった。
困ったのは、残されたマリだ。
喋らないと思ったらいきなり泣き始めたミランダ。
一体この状況をどうすればいいのかと頭を抱える。
二人して沈黙する事約2分。
先に声を発したのはミランダだった。
「いきなり泣いてしまってごめんなさい。私ったら動揺して・・・」
「あ、いや大丈夫だ。それより、どうしたんだ?」
マリが理由と尋ねると、ミランダはたっぷり間を置いて、ゆっくり話し始めた。
「私ったら、おかしいの」
未だ流れる涙に、ミランダはスンと鼻をすすった。
「マリさんが指を失ったって聞いて、リナリーちゃん達は皆心配して、泣きそうになってて・・・」
皆そこまで心配してくれてたのかと、マリの心を再び温かいものが包み込む。
アレンや神田、リンクも含め、彼らには今度改めてお礼を言わなければ、とマリは考える。
マリが考えている間にも、ミランダの話は進んでいく。
「でも、私は・・・・・・嬉しかったんです。マリさんが、指を切った事が」
さすがのマリも、この言葉には驚きを隠せなかった。
指を切って喜ばれるなんて、まず誰も考えないだろう。
でも彼女はきっぱりと『嬉しかった』と言った。
動揺したマリは言葉につまる。
しかし、ミランダはそれに気づかずに話を続けた。
「おかしいですよね。マリさんの指、無くなっちゃったのに嬉しいだなんて」
思わず頷きかけながらも、どうにかそれを堪え、話を聞く。
「でもね、マリさん。私、マリさんが指を捨ててでも生きてくれた事が、マリさんの指が無くなった悲しみより、ずっとずっと大きかったんです」
ドクン、と大きな心音がマリの耳に響いた。
「指って凄く大切だし、無いと凄く不便だし、何より自分で切るなんて・・・。でも、それでもアナタは生きる事を選んでくれた。その事が何よりも嬉しくて・・・」
ドクドクと、まるでトルコ行進曲の様に早い心音が邪魔して、上手く音が聴き取れない。
それでも、マリはミランダの言葉を一字一句聞き逃さないようにと耳を傾ける。
「さっき泣いてしまったのは、マリさんが嬉しそうに笑ってるのを見てたら、『あぁ、マリさんは生きてるんだ』って思って、思わず涙が出ちゃったんです」
目には見えないが、マリは確かに彼女が微笑んだのが分かった。
エクソシストになった頃から、いつかはこんな事もあるかもしれないと覚悟していた。
マリにしてみれば、『その時』が来ただけで、シュミレーション通りに動いただけだった。
確かに勇気のいる行動ではあったし、現実的な痛みだけでなく、心の痛みもある。
しかし、それすらも承知の上だったマリにしたら、本当に当たり前の行動だった。
他の人間にしてみても、結果として今生きてるマリを見ていると、生きるためにマリがそれを選択した事はごく『当たり前の事』になっていて。
いかにその選択が大変だったのかという事を、マリ自身も忘れていた。
なのに彼女は。
生きているマリを見て涙してくれた。
あの涙は、マリの選んだ道がいかに大変かを理解しているからこそのものだ。
マリすらも忘れていた感情を、彼女は覚えててくれた。
湧き上がる感情を抑えきれず、マリはミランダをそっと抱き寄せる。
ミランダの心音とマリの心音が近づく。
少し力を入れれば折れてしまいそうな細い体を腕の中に閉じ込め、相手の体温を感じる。
「ミランダ・・・っ」
相手の名を呼ぶと同時に、頬を暖かいものがつたう。
それに気づいたミランダが、そっとマリの背中に腕を回す。
「生きてくれて・・・・・・ありがとう・・・・・・」
ミランダの声が、マリの耳に心地よく響いた。
FIN
ブログで突発的に書いた駄文第三弾。
思いっきりネタばれしててすみません。
本誌でマリさんが指を自ら切り落した事に激しい衝撃を受け、色々堪らなくなって書きました。
マリさんのエクソシストとしての覚悟には本当に心打たれました。
マリさん、大好きだ。
(2008・12・3)